第25話 ヒーローのお仕事

 太路は授業も聞かずにずっと考えていた。

 ニコちゃんの配信で何をやるか。


 方向性は決まっている。できないことをやる、だ。


 懸命に練習している姿を見せられると、つい応援したくなる。上達した姿を見せられると、ついがんばったねと褒めたくなる。

 次のステップに進み、また懸命に練習しているのを見れば、きっとできる、と期待する。そうなればもう、ファンと言って差し支えないだろう。お弁当配信が意味を成してくる。


 何をやるべきか。

 ニコちゃんは顔出ししていないから、手元や部分的に映すだけでできること。


 けん玉なんかどうだろう。難易度に幅があるからはじめは大皿、そして中皿、とステップアップしやすい。

 ただ、あまりにも絵面が地味だし、けん玉に興味を持つ人は多くはなさそうな気がする。ゴールも設定しづらい。もし亀の完成か、日本一周などの技か。


 BGMがなければけん玉の音しかない配信になってしまうのも難点だ。

 ニコちゃんがおしゃべり上手ならば成り立つかもしれないが、ニコちゃんである。


 放課後になり、環境美化委員の太路は職員室に向かう。名簿をチェックしスコップを渡す教師の列に並んだ。


「1年1組、一ノ瀬太路です」

「おお! ヒーロー! 1年生の担当は中庭だ。張り切ってむしってくれ!」


 だから、ヒーローを何だと認識しているんだ。ただの便利屋じゃないか。


 生活指導の先生が環境美化委員の担当らしい。

 毎朝門の前で大声で太路の名前を呼ぶから辟易している。


 太路がスコップを受け取ると、入れ替わりに女子生徒が先生の元へと進んだ。


「1年1組、見和いろはです」


 ああ、ギャルに環境美化委員を押し付けられた人か、お気の毒に、と太路が振り向いた。

 いたのは、ニコちゃんだった。


「ニコちゃん? あ、そっか、25番でニコだから本名は違うのか」


 太路はすっかりニコちゃんをニコちゃんとして認識しているから、苗字があるのが違和感がある。


「ああ、男子は一ノ瀬くんだったんですね。良かった」


 ホッとした様子でニコちゃんが笑う。

 小学生のように小さいが、女子から一ノ瀬くんで良かったと言われて太路は嬉しい。


 1年生の担当だという中庭に出た。まだ初夏だというのに、太陽の威力が強く帰りたくなる。


 太路は気が重いながら、しゃがみ込んでぼうぼうに生えている草を引っこ抜く。


 草むしりを始めると、汗が出てくる。暑い。

 ニコちゃんも汗を拭っている。顔色が悪く目がうつろで危険な匂いがする。今朝、貧血で倒れたんだったな。


「ニコちゃん、無理しないで日陰で休むといい。ここは僕がやっておく」

「……すみません……お言葉に甘えて……」


 素直で助かる。

 これが静ならば、倒れるまでやりきろうとするだろう。


 太路には見えていた。

 ニコちゃんが倒れ、仕方なく保健室に運ぶ。それを休みのはずの徳永くんがなぜかいて見られ、さすがはヒーローだ! と騒ぎ立てられる。


 悪の芽は早めに摘んでおくべきなのだ。


「あれ? ヒーロー、ひとりでやってんの?」


 徳永くんと親しげだった白ブドウジュースを好む女子生徒が太路を見つけて声をかけた。


「君も環境美化委員なのか」

「環境美化委員になると学校で育ててる野菜もらえるんだよね。最近野菜高いからさあ」


 意外と庶民的なことを言う。

 太路はこんなかわいい女子と話すなんて真っ平だが、少し親近感が湧いた。


「キャベツなんてもう高級品だね」

「そうそう。きゅうりとか簡単に食べれて便利なんだけど」


 女子生徒が校舎の廊下で壁にもたれて休んでいるニコちゃんに気付いた。


「え、あの子倒れてんのかな」

「ああ、体調が悪そうだったから休んでもらってるんだ」

「あの子も環境美化委員ってこと?」

「そうだよ」


 女子生徒が太路の背中を親しげに叩く。


「さすがヒーロー! あの子の分までヒーローがやってあげてるんだ!」

「いや、そうじゃなくて、僕は悪の芽を」

「すごい! やっぱりヒーローだ、やっさしいー」


 いつの間にか、周りに1年生の環境美化委員たちが集まっている。


 徳永くんのお仲間に親近感なんて持って話し込むんじゃなかった。

 太路はおおいに後悔した。


「ねえ、ヒーロー、私の分もやっといてよ。私これからバイト行かなきゃなんなくてさあ」

「どうして僕が」

「あの子の分はやってあげるのに私の分はやってくれないとか言わないよねえ? ヒーロー」


 ニコちゃんは僕のヒロインという設定だからやるだけだ、という反論は通りそうな気もしたが、本当に付き合っているわけでもないのに太路には言いにくかった。


「俺もこれから習い事があってさ」

「私も家の手伝いが」

「弟のお迎えに行かないといけなくて」


 どんどんとスコップが太路の周りを埋めていく。


「ありがとう! ヒーロー!」


 気が付いたら、太路は中庭にひとり立っていた。

 誰もいないのならば、いっそのこと太路だって帰ってしまってもいい。


 だが、僕は真なるヘタレである。

 この草ぼうぼうの中庭をほったらかせば、サボったことなど一目瞭然。


 太路はひとり、黙々と草をむしり始めた。

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