第23話 ウソはダメ、バレてもダメ
太路は食べるのが早い。もう空になった弁当箱のフタを閉めながら、ニコちゃんは食べるのが遅いな、と思った。
「話がそれたけど、ガナッシュがクオリティの低い状態でステージに立ったのは、それからを見せるためだったんじゃないかな」
「それから?」
「できないことができるようになる。その過程を見せられると、応援したいと思う」
ファーストステージを見て、タークミストの人柄に触れて、ガナッシュが気になった太路は、家に帰ると早速検索した。そして、知った。
ガナッシュが所属しているのは、
カントリーにはいくつものデビュー前のボーイズグループがあり、ガナッシュはそのひとつに過ぎない。
人気を得たグループが、見事デビューを勝ち取る。
「まるでオーディションですね」
「社長は凄腕だと思うよ。推しができたら、他のグループに負けてほしくない、推しメンを勝たせたいと燃えるのがファンだ」
太路は普段無駄遣いは一切せず質素な生活を送り、ガナッシュのイベントでは狂ったように物販をあさる。天国の両親はきっと泣いている。
「夢に向かって練習し、ステップアップしていく。その過程を共有しているから、僕は自分もまるでガナッシュの一部のように感じている」
もちろん、ファンの妄想だということは分かっている。
「ニコちゃん、やったことのないことに挑戦してみよう」
ガナッシュはレッスン風景や自主練習している様子をよく短い動画でSNSにアップしている。
同じことをすれば必ずファンがつく。今回のニコちゃんのオーディションはネット配信だ。相性がいい。
太路は、まんま間登里生社長の手法をパクる気である。
「やったことないことだらけです。こんなに毎日学校に来ているのも初めてですから」
「選択肢が多すぎる。やってみたいことはある?」
「セイちゃんになりたいです!」
これは、歌やダンスに挑戦はダメだな。
太路は思った。ニコちゃんは静が好きすぎる。静のイメージにどうしても引っ張られてしまうだろう。
だが、静はこの世に静しかいない。静の人生でなければ、静にはなれない。
ニコちゃんの静への思いの大きさは認めている太路だが、ニコちゃんでは間違いなく中途半端な見るに堪えない映像になってしまう。
「静は楽器ができない。苦手だから小学校の時にリコーダーの宿題になかなか取り組まなくて」
静がやったことないこと、を考えていた太路は、つい口からポロッと出てしまった。
「そのエピソード知ってます! リコーダーの宿題があることをはじめは言ってなくて、自分で保護者のサインをしていたのが懇談会でバレてすごく怒られたって話ですよね」
「そうそう。絶対にバレるのにごまかそうとして」
懐かしいな、と太路は当時家に帰ってからも太路の母親に𠮟責されていた静を思い出した。
あれから、静は決してウソをつかなくなった。
「セイちゃん、すごく顔に出ますよね。ひとりだけわさび寿司じゃないのが当たって、わさびがきいてるフリをしなくちゃいけないのにおいしいお寿司を選んで嬉しいのがテレビ越しでも分かりました」
「あったね。案の定対戦相手に見破られて、エマに責められてたな」
元々エマに敵視されていると静から聞いてはいたが、それが垣間見えた一瞬だった。
「だから人狼も苦手なんですよね。人狼を引いたら体が跳ねちゃうからすぐに分かるんです」
「3戦目くらいになって、皆さんも誰が人狼か当ててね! ってテロップが出た直後に跳ねてた動画あったね」
ババ抜きなんてしたら、静のカードが手に取るように分かる。
負けず嫌いの静は負けても負けても勝負を挑んでくるから、いつもめんどくさくなった健太がわざと負けてあげている。
「これまでも一ノ瀬くんって相当なセイちゃんのファンだとは思ってましたけど、そんな細かいところまで見ているなんて、私と同じレベルのセイちゃん担ですね」
「え?!」
たしかに太路は相当細かいところまでテレビも動画も見ている。だが、太路はネクストジェネレーションのファンでもセイのファンでもなく、静の兄貴分として静が心配でジーッと緊張感を持って見てしまうのだ。
「嬉しいです! ここまで語れる人が学校にいるなんて思ってもみませんでした。毎日学校に来てセイちゃんの話をするのが楽しくてしょうがないです」
僕も静の話ができるのは楽しいが、ファンが知っていてはいけないことまで話してしまいそうで怖いな。
太路もこんなに静の話ができるのは初めてで浮かれていたことに気付き、少し自重しよう、と思った。
静から静の幼なじみであることは口外するなと強く言われている。
「セイちゃんが誕生日ドッキリしかけられた時の動画あるじゃないですか。私、あれたぶんセイちゃんドッキリだって気付いてたと思うんですよ」
「そうなんだ。カメラの方を見ないように気を付け過ぎていて不自然だ。たまたまセッティング中にあの部屋の前を通っていて、部屋に入るよう言われた時にピンと来てしまったんだって」
ニコちゃんが小さく首をかしげた。
「そんな裏話、どこかでしてましたっけ?」
「あ……してたよ、なんだっけかな、何かの雑誌の端っこに書いてたよ」
太路もウソが得意ではない。
だが、ニコちゃんは甘ちゃんらしい。何の疑問もない様子で、心底嬉しそうに笑っていた。
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