第22話 ヒロイン誕生

 人気者というものは、どうしてこう人がずっと話しかけてくるんだ。


 太路は自分の席に座っているだけなのだが、人気者の徳永くんが太路の前に居座るせいで太路までクラスメイトたちに囲まれてしまう。


 ニコちゃんはすぐ隣の席だというのに、全然オーディションの話ができない。

 僕なりに作戦を練ってきたのに……と、太路の鬱憤は溜まっていく。


 昼休みのチャイムが鳴る。カバンから弁当を取り出し、隣を見るとニコちゃんも白とピンクのストライプ模様のかわいらしいランチバッグを手にしている。


「ニコ――」

「ヒーロー! 一緒に食堂行きましょー!」


 またか……いいかげん、太路はウンザリしてきた。

 いくらヘタレでも、これ以上は我慢の限界だ。


「悪いけど、僕は彼女に用がある。ニコちゃん、僕と二人っきりで弁当を食べないか」

「ニコちゃん? あ、隣に人いたんだ」


 さすがはニコちゃん。

 徳永くんに存在を気付かせていなかったらしい。


 まったく羨ましい、と太路はため息をついた。


「ヒーロー、この子と二人で昼メシ食べたいんすか」

「そうだ。だから、食堂へは――」

「ヒロインだ!」


 え?


 徳永くんは真なるヒーロー特有のキラキラした瞳で今しがた存在に気付いたばかりのニコちゃんを指差した。


「ヒーローにはヒロインが付き物! この子こそヒーローが必要とするヒロインなんだ!」

「私が?! 違います、私はヒロインだなんて、そんないいものじゃ」


 小さな聞き取りにくい声でニコちゃんがモゴモゴと弁明しているが、そんなボリュームでは徳永くんどころか太路の耳にも入らない。


「みんな、ヒーローとヒロインの邪魔をしないように! 俺たちは食堂行ってますんで、どうぞお二人でごゆっくり!」


 ほらほら、行くよ! と徳永くんがクラスメイトたちを追い払ってくれた。

 ヒューヒュー、とはやし立てながらも騒がしい生徒たちが教室を出て行き、やっと教室が人のまばらな居心地のいい空間になった。


「僕は教室でもいいけど、例の話がしたいから人のいない所へ行こう」

「え、あ、はい」


 混乱している様子のニコちゃんを中庭へと導く。

 手入れのされていない雑草だらけの中庭には人っ子ひとりいやしない。


「一ノ瀬くん、どうしましょう、ヒロインだなんて」


 うん、君が目指すはヒロインなどではなく、アイドルだ。

 だが、ニコちゃんをヒロインってことにすれば徳永くんが邪魔ものを追い払ってくれるらしい。


 太路はひとつの提案を持ちかける。


「ニコちゃんさえ迷惑でなければ、僕のヒロインってことにしておいてくれないだろうか」

「迷惑だなんてとんでもありません! でも、でも私がヒロインなんて」

「ありがとう。よろしく頼むよ」


 良かった、徳永くんをどうしようかと悩まされていたが、こんな活用法があったとは。僕のそばにニコちゃんさえいれば、彼は絶好の人避けになる。


 太路とニコちゃんは雑草の上に座り、足の上にお弁当箱を置いて食べ始めた。


「僕がガナッシュを初めて見たのは、ちょうど彼らのファーストステージだった」


 第一声がそれでは、突然何? と思われそうなものだが、幸いニコちゃんにはこれまで世間話をするような友達はいなかったので疑問に思われなかった。


「それは運命的ですね」

「そう。その時の彼らは歌とダンスのみのパフォーマンスだったが、正直よくこれで人前に出てこれたものだ、と思った」


 太路は当時、ショッピングセンターに買い物に来ていた。男性アイドルになど興味がなく、すぐに立ち去ろうとしたが一緒にいた静が参考にしたいから見る、と言うので付き合いでガナッシュのステージを見た。


「なのに、どうして応援する気になったんですか?」

「ステージの終わりに、彼らが武道館を目指す、と発表された。その後、買い物をしてトイレに行ったら、男子トイレの中にママ、ママって泣く男の子がいたんだ」


 太路はこんな所で泣いていてもママは来ないよ、と手を洗って出て行こうとした。そこに、やって来たのが現在のガナッシュのキーボード担当、タークミストだった。


「タークミストは男の子に話しかけて、他のメンバーに電話してどうしようどうしようってオロオロしながら男の子と手をつないでトイレから出た。そこへ母親らしき女性が現れて、男の子は無事に保護された」


 太路は、どうせ売名行為だろう、と思っていた。

 先ほど武道館を目指すと知ったのだ。迷子を助けて、メンバーを集めてガナッシュの宣伝をすれば、少なくともファンを1人か2人は獲得できる。


 ケチなことをするものだ、と思った。


「その人間性に、僕はこの人を応援したいと思ったんだ。困っている人がいたら助ける。当たり前のようで、実は難しいことだと思う」


「素晴らしい人間性だと思います。タークミストさんも、一ノ瀬くんも」


 僕のは誤解だから同じ扱いにしないでくれ。


 タークミストは、太路の予想に反して母親にひと言もガナッシュだと言わなかった。ケチなのは太路だけだった。

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