第21話 ヘタレヒーローが行く
家から最寄り駅に向かう途中で、太路はパンパンに膨れた大きなスクールバッグとパンパンに膨れたリュック型のサブバッグを道路に放り出し真新しい制服姿で座り込む男子中学生を見つけてしまった。
なるほど、今日は月曜日。荷物が多く、重くて学校にたどり着けず諦めてしまった図か。
太路が卒業した中学とはまた違う制服である。
たぶん西中だろう、と思いながら太路は見つからないように電柱の陰から眺める。
だが少年、そこで座り込んでいてどうなると言うんだ。
西中はまだまだ遠い。休憩しながらでもいいから、進むしかないんだ。
そこへ、体の大きな若い男性が中学生に声をかけ、スクールバッグを手にした。
中学生は立ち上がるとサブバッグのみを持って、男性と共に歩き出した。
しまった、朝から余計なものを見つけて時間を取られてしまった。
太路も駅へと急ぐ。
学校に着くと、門の前に立つ先生が
「一ノ瀬! おはよう!」
と八重歯を見せながら手を上げる。
「おはようございます」
一応頭を下げながら、人の個人情報をさらさないでくれ、と心の中でだけ抗議をする。
教室に入ると、元気のいい声にさっそく絡まれる。
「ヒーロー! おはようございます! 今日もいい天気ですね!」
「おはよう。どうして着替えているの?」
「サッカー部の朝練があったんで!」
「もー、やだ、徳永ってば更衣室で着替えなよ!」
女子がブーブー言いながら両手で顔を覆い、指の隙間から半裸の徳永くんを凝視している。
「さすが、いい筋肉をしているね」
「あざっす! 日々の筋トレの賜物っす!」
月曜日の朝から爽やかな笑顔。
やはり、君こそ真なるヒーローだよ。
徳永くんは太路の心の声など知らず、相変わらず休み時間のたびに太路の席にやって来る。
「ヒーロー!」
「申し訳ない、僕のどが渇いたんでジュースを買いに行ってくる」
「お供しまっす!」
いらない。
だが、言えるはずもない。
徳永くんがついて来るものだから、男子女子5~6人もが徳永くんについて太路の後ろで騒がしく笑っている。
僕は真なるヘタレである。
クラスの人気者の申し出を断ることなどできはしないのだ。
不本意にもゾロゾロとクラスメイトを引き連れて教室を出ると、廊下でしゃべっていた女子3人組が笑顔でこちらへと手を振る。
「修栄! どこ行くの?」
「ヒーローがジュースを買いに行くって言うから、お供」
「お供だって、かわいいー」
キャー、と女子が甲高い声を出す。
「ヒーロー、お金払うからさ、ついでに白ブドウジュース買ってきてくんない?」
「え?」
「よろー」
100円玉を投げ渡され、太路はとっさに受け取ってしまった。
……ま、まあ、どうせ僕にはあんなスクールカーストトップに君臨するようなかわいい女子に逆らうことなどできはしない。買って来るか。
食堂に行くと、自販機の前には複数の女子生徒がいる。
買い終わったなら素早くどいてくれないと、僕がジュースを買えないじゃないか。のどは乾いてないから別に構わないのだがおつかいを頼まれている。買わなくては格好がつかない。
「修栄くん! あ、もしかして、この子がヒーロー?」
「そうっす!
「なんでだろう?」
それはそうだ。
去年の僕は誰ともしゃべらず高校生活を終える予定だったのだから、たった2か月を共にしただけの同級生の記憶になど残っているはずがない。
のども乾いていないのに麦茶とブドウジュースを買って、教室へと戻る。
女子生徒はまだ廊下にいた。
「はい、どうぞ」
「ありがと! あ、これ違うよ。私が頼んだのは白ブドウジュース。これブドウジュースじゃん。後味が違うのよね。今回はこれ飲んであげるから、次から間違えないでね、ヒーロー」
……これではまるで、ヒーローというよりもパシリではないか。
だが、不満は太路の口から出ることはない。
かと言ってごめんごめん、と言う気にもなれず、太路はただうなずいた。
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