第17話 共同戦線

 中庭の植え込みに太路も座り込み、ニコちゃんと並ぶ。


「デビュー当時の静はテレビウケしてなかったのにファンになったんだね」

「セイちゃんは私の憧れです! 生きる糧です!」

「そこまで?」


 思っていた以上にニコちゃんの静への憧れは強烈な様子だ。僕たちの大切な静を生きる糧とまで……太路の気分がすっかり良くなる。


「当時、ひとりだけ小学生だったけど堂々と前に出て、最年少のくせに態度が大きいって批判を浴びても、圧巻のパフォーマンスで跳ねのけたセイちゃんはすごい人です!」


 この子は本物の静のファンだ。


 太路にはそう思えた。静が見せたいアイドル像を正しくくみ取っている。静のポリシーは語るな、見せろだ。言い訳はしない。パフォーマンスで静という人間を見せてきた。


「私は小さいからいつも背の順が一番前で、先生と近くて怖くて学校に行けなくなったんですけど」


 そんな理由で不登校だったなんて、この子は人と関わることができない人種なのか。

 自分を棚に上げて太路は思った。


「去年、セイちゃんは高校に行きたかったけど親がいないから諦めた、みんな私の分も受験がんばって高校生活楽しんでねって笑ってるのを見て、高校は絶対に行こうと決めたんです。皆勤賞目指します」


 さすがは静だ。相当なコミュ障っぽいニコちゃんに皆勤賞を目標にさせるなんて、静じゃなきゃできない。

 太路はうんうんとうなずいた。


「不登校からの高校デビューと同時にオーディションまで受けるなんて、見かけによらずチャレンジャーだね」

「スマホひとつでセイちゃんも受けたオーディションを受けられるなんて、セイちゃんに近付ける気がして受けずにいられなかったんです。私なんかが合格するはずないからセカステの時は受けなかったんですけど、挑戦すらしないなんてセイちゃんならあり得ないなって思って」


 この子は静をよく理解している。たしかに、静ならチャンスを待つなんてことはしない。自分からつかみに行く。


 静にネクジェネのオーディションを教えたのは太路の母親だった。アイドルになれば小銭じゃなく稼げる、と静は即応募した。


 ニコちゃんは、静に憧れ静に近付くために静が受けたオーディションだから受けている。


 太路は感動すら覚えた。地元の宝である静が人ひとりの人生を変えようとしている。


 だが、ニコちゃんは太路から見てとてもアイドルに向いてはいない、と思わざるを得ない。

 身長がすごく低いからステージ映えしないだろうし、声が小さくて何を言ってるのか聞き取りにくい。顔はかわいいがポテンシャルがなさすぎる。


 だが、太路は諦めろなどと言う気は微塵もない。


「ガナッシュってアイドルグループを知ってる?」

「え? 知りません」

「だよね。ガナッシュって、のろまとか間抜けって意味があるんだ。7歳や8歳でスカウトされて事務所に所属はしているけれど、到底やる気のない5人を集めたグループなんだ」

「どうして、わざわざやる気のない人を集めたんですか?」


 太路はその疑問を待っていた。まずはガナッシュの画像を見ていただく。


「すごいイケメンぞろいですね」

「そう。見た目だけは良いからだと僕も初めは思った」


 でも、今は弱小個人事務所でアイドルグループをプロデュースした社長の真意は違ったんだと思っている。


「武道館でのライブを目標にした5人は別人のように努力を惜しまなくなった。人間、やる気になればこんなに変われるんだって、僕はガナッシュに教えてもらった。ニコちゃん、君の挑戦を僕に応援させてくれないか」

「応援?」

「僕はアイドルを応援したくなる心理は身をもって知っている。努力は報われるべきだ。僕の経験を君のオーディション合格に活かしたい」


 今は底辺アイドルだと静にバカにされるガナッシュだけど、いつかきっと花開く。ガナッシュの初ライブから彼らの努力を見てきた太路は心からそう信じている。


「アイドルに向いてなくても、がんばれば合格できるはずだ。僕にそれを見せてほしい」


 のろまでやる気のなかったガナッシュがここまで成長したんだ。努力が無駄になるなんてあってはならない。


 ガナッシュがいつ花開くかは分からない。だけど、オーディションには期限がある。このニコちゃんが合格できれば、ガナッシュだって絶対にブレイクする!

 そして、やがてガナッシュに曲を提供する僕のプロデュース力を試す絶好の機会にもなる!


「え?! 私が合格なんて、絶対に無理です!」

「できる! 一緒に合格をつかみ取ろう!」


 オロオロと困り顔のニコちゃんの声なんて聞こえてはいない。太路は人生で最大に闘志に燃えていた。

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