第16話 ニコちゃんとセイ

「どうしてそれを……」


 ニコちゃんはもはや顔面蒼白の様相である。だが動じない太路は冷静に彼女を見下ろす。


「顔出しハプニング配信を偶然見たんだよ」

「お願いです! 絶対にオーディションのことは誰にも言わないでください!」


 ニコちゃんが太路にすがりついてくる。近くで見ると随分と小さい。本当に小学生のようだった。


 おや? アイドルのオーディションを受けるなんて地味なようで目立ちたがりなのかと思っていた。このリアクションは意外だ。


 太路は冷めていると言った方が正確なほど淡々と答える。


「僕には知ったことを話すような友人はいないから誰にも言うつもりはないよ」

「はあ、見られたのがヒーローで良かったです。さすがは人格者です」

「そのヒーローって言うの、やめてもらえないか。僕はヒーローなどではない」


 ニコちゃんが不思議そうに首をかしげる。


「ヒーローじゃないですか。悪い人に悪いって指摘するのは勇気のいることです」

「アイドルのオーディションに参加する方がよほど勇気がいると思うけどね」

「そっ、それは……私なんかがアイドルなんて、到底無理だと分かってます!」


 ニコちゃんは、顔を真っ赤にして両手で隠した。


「じゃあ、どうしてオーディションを受けてるの?」

「私、小学生の時からずっと不登校で……両親共働きだから、家事と勉強をするなら学校に行かなくてもいいって言われて」

「行かなくなったの?」

「はい。通信教育で勉強はしていました」


 この聖天坂高校は僕には背伸びしたそこそこのレベルの高校だ。独学で合格するとは、かなりの努力をしたんだろう。

 大人しそうに見えるがチャレンジングなチビッ子に太路は感心した。


「小学5年生の時に、テレビ見てたらデビューしたばかりのネクストジェネレーションが出てたんです」

「あ、そっか、一歳下だから静と同い年なんだね」

「ヒーローもセイちゃんのファンなんですか?!」

「あ」


 しまった、と太路は口を押さえたが時すでに遅し。

 静から静の幼なじみだということは他言するなと言われているのにうっかり片鱗を見せてしまった。


 今やトップアイドルであるネクジェネのセイの幼なじみだなんて知られたら、ますます僕の高校生活は平穏とは程遠くなる。


 内心は動揺しているが、太路は表面だけでも取り繕った。


「いや、それよりヒーローって言うのをやめてくれ。普通に一ノ瀬と呼んでもらいたい」

「じゃあ、一ノ瀬さん」

「年は上だができたら同級生として呼んでほしいんだが」


 同級生に一ノ瀬さんと呼ばれるのは、それだけで目立ちそうだ。太路の望むところではない。


「じゃあ、一ノ瀬くん?」

「それで構わない」

「いいんですか?!」


 ニコちゃんは驚いているが全然いい。僕は平穏を欲している。太路は大きくうなずいた。

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