第15話 お昼なんですよ

 加藤くんのせいで僕の高校生活は地獄だ。


 太路はひとり、うんざりしながら中庭を歩いている。


 休み時間のたびにヒーロー、ヒーローとまとわりつく徳永くん。徳永くんこそ真のヒーローであるがため、徳永くんがヒーローと崇め奉る太路はただのヘタレであるにも関わらずクラスの人気者になってしまった。


 昼食くらい、静かにとりたい。


 中庭を選んだのは正解だった。おお、ここならまったりと弁当を食べられそうだ。


 と内心喜んだのもつかの間、太路の耳に植え込みの陰から何やら小さな声が聞こえる。


「……こちら、だし巻き玉子です。えーと、白だしを使っています。これがウインナーで」


 小さな背中を丸めて声が聞こえる。お弁当を紹介している?


 もしや、と太路はスマホを手に取りネクジェネ・サードエディションオーディションが開催されている配信アプリを立ち上げた。


 案の定、25番ニコちゃんが配信中である。


 視聴者は二人。ひとりは太路だから、ニコちゃんの配信を見ているのは実質ひとり。物好きもいるものだ。


 この子はやはり準備不足だ。順番を間違えている。


 太路はそう思ったが、もちろん口には出さない。心の中だけで雄弁に語る。


 僕なら見ず知らずのオーディション参加者の弁当など紹介されても何の興味も湧かない。ガナッシュの昼食なら何を食べているのか知りたいが。


 チカイの肺活量オバケかと思う声量、マキヒロの高速ギター、タークミストのキーボードをなめらかに移動する繊細な指使い、琉の軽やかにステップを踏みながらの安定したベース、テツマイの力強いドラム。


 何を食べたらガナッシュが完成されるんだ。


 ニコちゃんに見つからないように、太路はわざわざ植え込みから離れて弁当のフタを開けた。


 そうだ、お昼なんですよは見られないけれど、アリーバTVはこのスマホで見られる。


 太路は昼食をとりながらちょうど配信がスタートしたばかりのコーディネート対決の裏側を視聴することにした。


 静が清楚な白いワンピース姿で登場するも、クソガキいじりをされている。


「ははっ」

「ふふっ」


 思わず笑ったが、タイミング同じくしてニコちゃんも笑ったようだった。太路にはニコちゃんの配信で何を笑うことがあるのかはなはだ疑問ではあるが気にせず静を見る。


 このコーディネート対決は静自身が服を着るのではなく、抽選で選ばれた一般視聴者だという女性にコーディネートを提案して、もうひとりの提案者とどちらのコーディネートが選ばれるか、という対決である。


「私、これ普通に買ったんですよ。かわいくないですか?」


 静がこの間太路の家に帰って来た時に着ていた淡い黄色の薄手のセーターをカメラに差し出す。


「そうなんですか! これを使ったコーディネートがいいです!」

「それいただきます! 私が勝ったらおそろいですね!」


 勝者のコーディネートした服がそのまま一般視聴者に贈られるというルールである。


 この人、静のファンなんじゃないのか。もうすでに静が勝ったも同然じゃないか。


 太路が安心して見ていると、案の定静のコーディネートが選ばれる。


 右上に裏側! と赤いテロップが出た。


「私実は色違いで3つ買ったんですよねー。このセーターすっごく体形に合うの」

「セイちゃんとまるで違う体形なのに恥ずかしいー」

「大丈夫大丈夫。セーターは伸びるから」


 静が笑い飛ばしたセリフが文字テロップにされているのがよりユーモラスだ。


 いや、そこはそんな違いませんよ、とか大人の対応をするべきだろうに、静らしい。


「ははっ」

「ふふっ」


 ニコちゃんを気にしないようにしていた太路だが、何度も同じタイミングで笑われるとさすがに気になってくる。認めざるを得ない。


 ニコちゃんは静に憧れていると言っていた。虚勢を張っていたが初めから気にならないと言ったら嘘だった。


 もしや、と植え込みの陰で小さくなっているニコちゃんの背後に回ってその手にあるスマホをのぞく。


 太路が思った通り、画面には静が笑っている。


「ニコちゃん」

「え?!」


 ニコちゃんが驚愕の表情で振り返った。

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