第14話 公式ヒーロー

 約一年ぶりの講堂は太路にとって少し感慨深い。特に何の思い出もなくとも。


 つつがなく進行される始業式。その時は唐突にやってきた。


「一年一組、一ノ瀬太路くん!」


 はい?


 全校生徒の前で名前を呼ばれるなど、太路としては知らんぷりをするしかない。


「ヒーロー! 呼ばれてますよ!」

「ヒーロー!」

「ヒーロー!」


 この聖天坂高校は大人しい校風だと聞いていたのだが、今僕の周りにいるのは騒がしい人物ばかりのようだ。

 無言を貫く太路の背中を押して整列からはみ出させる。知らない教師が壇上へと続く階段を指し示す。


 太路は諦めて素直に従うことにした。

 僕は真なるヘタレである。この状況で逃げ出す度胸など持ち合わせてはいない。


 階段を上り太路をおびき寄せた校長の前に立つ。


「あなたの勇気ある行動は我が聖天坂高校を変えました! わずかにいたヤンキーの素行を改めさせたあなたの勇敢な姿は非常に誇らしい! あなたは我が校の公式ヒーローです! ここに表します」


 達筆な文字で書かれた賞状を差し出される。太路には言いたいことは山ほどあるがこの場で言えるはずなどなく無言で受け取る。


 全校生徒の拍手喝采の中、クラスの列へと戻る。クラスメイトたちの尊敬の眼差しが痛い。


 太路の頭は混乱していた。

 ここはどんな世界線だ。ただのヘタレの僕がなぜ表彰されているんだ。公式ヒーローって何なんだ。


 始業式を終え、講堂を出ると太路の目の前にサッと現れた人物がいきなり土下座をする。


「一ノ瀬! 元気そうで本当に良かった! 本当に悪かった!」

「……どちら様ですか」


 黒髪をオールバックになでつけた小柄な男子生徒だということは見て分かるが、誰だ。


「加藤智哉ともやだ。あの時は一ノ瀬を助けられなくて本当に申し訳なかった。せめてものお詫びに、お前の雄姿は昨日、新一年生にとうとうと語っておいた!」


 ……加藤くん……どこまでも余計なことを……。


「僕は君を恨んでもいないのに頭を下げられても迷惑だ。今後はこんな――」

「生死をさまよう状況におとしめてしまった俺を恨んでないのか?! マジでヒーローだな!」

「さすがはヒーローだ! 人としての器が違う!」

「君は我が校の誇りだ! 一ノ瀬! 問題児にその背中を見せて学校を担う生徒会長にまで更生させてくれた!」


 また拍手喝采に包まれる。加藤くん、生徒会長になっていたのか。


 加藤くんも今言ったではないか。僕は自主的に迷惑客に注意をしたのではない。加藤くんにおとしめられたんだ。その結果、加藤くんがヤンキーから足を洗って生徒会長になったことには僕は全く関与していない。


 太路は心の中だけは雄弁な男である。


 それよりも、大石くんは僕の前に姿を現さないのか。大石くんが相手なら僕はいくらでも器の小ささを見せつけられるのに。

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