第13話 ニコちゃんじゃないか

 太路は今初めて存在に気付いた女子生徒に目をやる。


 そうそう、いるかいないかすら悟らせない、隣の席の地味で目立たないこの子のような高校生活が僕の理想――


 目が合うと、すぐさま下を向いたこの女子生徒に太路はなんだか見覚えがあった。だが、これが誰なのかまるで見当がつかない。


 いや、ひとつ年下だし中学が同じだったとしても僕は部活動などもしていなかったから下級生の顔なんてひとりも覚えていないはずなんだが。


 心に引っかかって、太路はどうにも気持ちが悪い。


 黒髪で肩につくかつかないかくらいのまっすぐな髪。かなり小柄で、大きな襟のセーラー服に着られている感が強い。


 太路があまりにもジーッと見続けるから、女子生徒が挙動不審に目を泳がせながら顔を上げた。


「あ、あの……何か?」


 このオドオドしたしゃべり方、この聞き取りづらい小さな声。切り揃えられた前髪の下にある幅の狭い二重の目。


 ニコちゃんじゃないか。


 もはや太路の胸にあるのは絶望である。


 ヒーロー呼ばわりされている上に、アイドルのオーディションを受けるような生徒が隣の席。唯一の救いがキンシコウでは、絶望しかない。


「失礼。何でもない」


 すぐさま前を向いてきちんと座る。


 相づちのひとつも打たない太路へワーワーと憧れの思いを語っていた男子生徒が太路の肩を叩く。


「ヒーロー! 始業式が始まりますよ! 一緒に講堂に行きましょう! 俺、昨日入学式出てるから場所知ってます!」

「ひとりで結構。去年二カ月ほどこの学校に通っていたから僕も場所は分かっている」


 さっさと立ち上がりドアへと向かう。ひとりでと太路はハッキリと言ったのだが、男子生徒がついて来る。


「あ! 俺、徳永とくなが修栄しゅうえいっす! 俺サッカーやってんすよ。聖天坂高校はサッカー部が伝統的に強いんで、サッカーするために来ました!」

「へえ、サッカー」

「けっこーうまいんすよ! 一年生レギュラー狙うつもりっす!」


 ゆるくうねった茶髪で、ガナッシュのベース担当りゅうのような流行のヘアスタイル。身長が高くてガッシリした筋肉質のいかにもスポーツマンな体形。爽やかな笑顔が輝く人懐っこい整った顔。


 太路は心の中で提案する。


 この外見で僕が背伸びして受験した聖天坂高校に軽いノリで合格できる学力があり、更にサッカーがうまいなんて、君こそヒーローじゃないか。僕に押し付けないで自ら名乗るといい。

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