第12話 ヘタレヒーロー爆誕

 医者からも静や健太からも電車内で暴行されたことがトラウマになっていないか心配されたが、太路は駅に着いても電車に乗っても特に恐怖心もなければ何の感情も湧かなかった。


 ただただ、一歳下の同級生たちとの高校生活なんて気が重いだけだ。


 太路は思う。

 あのまま高校生活を続けていれば、順調に誰とも関わることなく無事に卒業できていただろうに、と。


 太路は去年、高校に入学してからの二カ月、しゃべるために口を開いたことはほとんどなかった。

 誰も太路に話しかけようともしなくなって、学校生活が快適になっていっていた。


 同級生たちは昨日の入学式で顔を合わせているが、太路は一年前に入学式は済ませたのでクラスメイトとはこれがファーストコンタクトである。


 一年一組の教室に入ると、太路に気付いたクラスメイトたちがザワつく。


 どうしたと言うのだろう。太路は不穏な空気を感じながら、机に貼られている名前を確認していく。

 たしかに入学式に僕はいなかったが、たった一日でクラス全員の顔を覚えた訳でもあるまいに。


「あの! 一ノ瀬さんですか?!」


 興奮気味に男子生徒がひとり太路へと駆け寄ってくる。そうか、年下だから同級生だけど敬語になるのか。


「そうだけど」

「席こっちです!」


 男子生徒が窓際の一番後ろの席の椅子を引いてくれる。


「ありがとう」


 キラキラとした目で見られて、太路はどうにも居心地が悪い。何だって言うんだ。


「うわあ! ヒーローと同じクラスになれるなんて感動だなあ!」

「ヒーロー?」

「ニュースで見た勇敢な高校生がこの学校の先輩だったとは、昨日聞くまで知りませんでした!」

「え? 誰がそんなことを言いふらして……」

「加藤先輩です!」

「加藤くんが?」


 加藤くんは大石くんと違って、僕が暴行されるのを止めようとしてくれたいい人だと思っていたのに、残念だ。

 太路はため息をついた。


「俺、一ノ瀬さんの行動を尊敬してます! 喘息の同級生のためにあんな見るからに柄の悪い男に注意できるなんて、男として憧れます!」

「いや、声が大きいし、誤解だから」

「一ノ瀬さんは俺らのヒーローです!」


 クラスメイトたちから賞賛の拍手が太路へと送られる。


 自分が注意しろって命じたこともセットで言いふらしてほしいものだ。太路の心に加藤くんへの憎しみすら生まれる。


 これのどこが平穏な高校生活だ。ヒーローだなんて、僕というアイデンティティの真逆に位置するものではないか。


「何がヒーローよ。単にヤンキーに絡まれんのがウザかっただけじゃねえのー」


 そう、その通り。

 分かっているじゃないか。


 声の方へと振り返ると、金髪の長い髪、小ぶりな丸い目、スカートがひどく短い女子生徒が口角を下げて太路を蔑むように見ていた。


 去年の1年生はこの学校の評判通り大人しい生徒が多かったので、いわゆるギャルを見慣れていない太路は率直にキンシコウだ、と思った。


「みんなしてヒーローヒーローって、コイツのこと何も知らねーのによく言うよ。私にはただのヘタレにしか見えないねえ」


 素晴らしい、よく言ってくれた。


 太路がギャルへと歩み寄ると、ギャルは椅子を後ろに引こうとしたがギギ、と鳴るだけで失敗した。


 太路が手を差し出す。

 反射的にギャルも手を出し、太路はその手をしっかりと握った。


「なんって心が広いんだ! 暴言にも動じず平和に握手で解決するなんて素晴らしい!」


 違う。彼女に感謝の意を伝えたいだけだ。


 またワッと拍手が沸き上がる。太路は心の中では雄弁だが、他人に対して言葉を発するのは得意ではない。


「すげえ……ガチだ」


 ギャルが感動の面持ちであるが、太路は人の感情を読み取ることも得意ではない。


 ヒーローなんて、僕は望んでいない。僕はただ、他人と関わらない高校生活を送りたいんだ。ボッチ最高。


 良かった、ひとりだけでも僕はヘタレであると理解してくれる人がいて。


 ありがとう、キンシコウ、と思いながら席に着く。そこで初めて隣に座る人物の存在に気付いた。

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