第11話 エントリーナンバー25番・ニコ
ネクストジェネレーション・サードエディションの公開ネットオーディションは、顔出しするもしないも自由である。
顔がかわいければそれだけでファンがつくので、顔出しした方が有利なのは言うまでもない。
だが、このエントリーナンバー25番は顔出しはしていないようで、胸から下だけが映っている。地味なグレーのワンピースだ。太路が見て楽しいものではない。
「あ、あの、初めまして、エントリーナンバー25番、ニコです。よろしくお願いします。えーと、ニコは25番だからニコにしました。えっと、私はネクストジェネレーションのセイちゃんが大好きで、セイちゃんに憧れて……あ、ごめんなさい、マイクの音量上げますね」
へえ、静に。
退室ボタンに乗せようとした指を止める。静に憧れていると言うこの子をもうちょっとだけ見てみようかな、と太路は思った。
彼女は静とは似ても似つかぬオドオドとした話し方で、何かにおびえている状況で配信しているのかと思うほどに声が弱々しく小さい。
ガナッシュのライブ配信ではコメントは出なかったが、こちらは出る設定にしてあるのだろう。画面右側に「声が小さくて聞こえにくいよ」と書かれている。
画面に手が伸びると、あれ? どうするんだろう? と小声で言いながらこちらを見つめる女の子が映る。
太路は大いに驚いた。
だいぶ幼い印象の子だ。中学生だろうか。小学生かもしれない。切り揃えられた黒い前髪と幅の狭い二重の目がバッチリ映っているが、顔出ししないようなのにいいんだろうか。
コメント欄も「ニコちゃん顔出てるよ!」「顔!」「ニコちゃん顔!」と大騒ぎだ。視聴中の数字がグングン増えていく。
これ、この子わざとやってたら相当な策士だな。顔出した方が有利なかわいらしい顔をしているし。
太路はそんな手には引っかからないぞ、と冷静に画面を見ている。
「え?!」
コメントに気付いたのだろう、ニコちゃんの目が大きく開かれた。
「え?! どうしよう?!」
画面からニコちゃんが消え、何が映っているのかまるで分からない状態になり、バシッという音と共に画面が真っ暗になる。
「あ! 落としちゃった! ごめんなさい!」
慌てるニコちゃんがまた映る。
うん、これ絶対わざとじゃないな。この慌てよう。演技だとはとても思えない。演技でスマホを落とすというのもリスキーだ。
太路は努めて冷静だが、コメント欄は「ドジっ子きた!」と皆さん大喜びである。
再セッティングができたのか、また胸から下の地味なワンピースが映る。太路はそっと退室ボタンを押した。
ニコちゃんだっけ。あんな幼いドジっ子が、静に憧れてオーディションを受けている。
太路はなんだか負けた感に襲われ、払拭しようと頭を振る。
いや、何が負けていると言うんだ。僕だって、いつかはガナッシュに曲提供をしたいと日々作曲をし続けているじゃないか。もう五曲できた。
ただ、まだ発表できるような満足のいく出来ではないから出していないだけだ。
これが僕の全力だと胸を張れる曲ができたら、静の言うようにチューチューブにアップして、健ちゃんの言うようにSNSを始めて宣伝するんだ。今は準備段階なんだ。
スマホの扱いすらままならないのにオーディションに参加するなんて、あの子は準備不足だ。
太路は言い訳には事欠かない男である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます