第18話 父と母

 月に一度、太路は自宅まで健太に通帳を持って来てもらって財産を確認する。


「ありがとう、健ちゃん」

「太路、俺がお前の金横領すると思ってんだろ」

「いやあ、健ちゃんが度を超えたバイク好きだからってそんなことは考えてないよ」

「やっぱり、俺がお前の金でバイクのカスタムすると思ってんだな」


 バレたか。太路は取り繕った笑顔をやめた。


「何十万もかけてバイク買ってさらに何十万もかけて改造するなんて僕には意味が分からないよ」

「バイクのカッコ良さが分かんねえとはまだまだガキだな」

「しかもわざわざ手動でエンジンかけるための改造なんて文明の進化に逆らってる」

「お前キックスタートをバカにしてんなよ。バッテリーの心配しなくて良くなるんだぞ」


 健太が何度も言うから太路だってキックスタートの知識はある。ボタンを押せばバイクのエンジンがかかるのに、わざわざ人力で足を使ってエンジンをかけることを言う。


「自分の足であのデカいバイクのエンジンをかけるんだよ。かっけーじゃん。ボタンひとつなんてつまんねーんだよ」

「それだけのために何十万も」

「俺が稼いだ金なんだから好きに使わせろ」


 健太はバイクを買うために若干二十歳の時に学生時代の先輩と風俗店の経営を始めた。見事軌道に乗せた今も客引きやスカウトなど精力的に走り回っている。


「だからってバイク買って改造して常に金がない金がないって言ってんだから」

「売ってるうちに買わねえと、キックペダルの付いたバイクが減ってんだよ。将来金に余裕ができた時にはなくなっちゃってるかもしれねえかんな」

「なるほど、売ってない物は買えないもんね」


 たしかに、僕も今はガナッシュがイベントで手売りしてくれるCDを全て買えているが、デビューして十年二十年経っていて手に入らないCDがあったら悔しいだろう。

 太路はいちいちガナッシュに変換しないと人の気持ちが理解できない残念な男である。


「しかし、こうも金があるとバイク屋に行きたくなるのも事実」

「僕が18歳になったら自分で管理するよ」

「冗談だってー。兄ちゃんと姉ちゃんの遺産を使い込んだりする訳ねーだろ」

「どうだか」


 仏壇の父さん母さんを見る。父さんが亡くなってもう三年が経つ。早いものだ。


「向こうでも仲良くやってんだろーな。姉さんがひざ枕して、兄ちゃんが寝っ転がってさ」

「そうだね。会社のために奔走してストレスをため込むこともないだろうから、単純にイチャイチャしてるんだろうな」

「俺はストレスのせいで甘えてたと言うよりも普通にイチャイチャしてただけだと思うけどね」

「いや、絶対に相当なストレスだったはずだ」


 太路が見えない敵をにらみつけ、思い出す。


 父さんの葬儀の時、会社の人たちが父さんの悪口を言っていた。父さんは会社のためにと思って厳しくしていただけなのに。


 ストレスを溜め込んだ父さんは家では母さんにベッタリ甘えていた。その姿を見て、会社の規模に関わらず会社経営って大変なんだろうな、と父さんの苦労を垣間見た。


「全く、会社の人たちは父さんの苦労も知らずに」


「太路はずっと根に持ってるけどさあ、お前が中二病患ってたからそう見えただけだろ。めっちゃ兄ちゃんの死を嘆いて泣いてたじゃん」


「いや! 厳しい人だっただの、あの世では心穏やかに過ごしてほしいだの、まるで父さんが鬼社長だったかのように言っていた」


「俺には事故で急死してしまったことが悔しくて言ってるようにしか見えなかったぞ。兄ちゃんを悪く言ってたんじゃないと思うよ」


「いや! あの言いよう、相当父さんにストレスを与えていたに違いない」


「そういや、学校はどうよ。友達できた?」

 

 すっかり面倒になった健太が雑な話の変え方をする。

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