第9話 僕の曲

 太路にしろ健太にしろ、静の扱いは慣れたものである。二人にとって、静は人気者でも頑固者でもなく、ただの小さな女の子だ。


「そうそう。俺の店でも、アイドルには興味ないけどセイがすごいからネクジェネは好きって女の子たちが盛り上がってたよ」

「セカステは12人も選ばれたけど、ネクジェネはたった5人だからね。自信持って!」

「静を超える逸材なんかまずいねーよ。静は年季が違うから」


 静がパッと起き上がる。その顔は闘志に燃え活気に満ちている。


「そうよね! 第三グループはセカステより人数増やすって言ってたし、数の暴力に私が負ける訳ないよね!」

「ネクジェネでもヒマさんに次いで人気あるんだから、大丈夫!」

「俺はヒマちゃん派だけどな! クソガキと違ってフェロモンムンムン」

「しっかりしてるしね。リーダーと言えば誰? ってランキングでヒマさんが一位だったよ」

「私がまだしゃべってる途中で勝手にしゃべんないでよ! バーカ!」


 静、しゃべってたっけ?


 確信なく言い返せない太路の太ももに静がまた頭を載せ、今度は太路の腹に顔を押し付け背中に回した腕をギューッと締め上げる。


 太路に甘えているようにしか見えず、健太が首をかしげる。


「静は言ってることとやってることがおかしいんだよな」

「本当だよ。振れ幅広すぎて僕ついてけないよ」

「なんびとたりとも私についてなんて来れないのよ」

「いい顔すんな。褒めてねえんだよ」


 フンッと静が鼻息荒くセンターテーブルのタブレットを手に取る。太路の趣味であり生き甲斐である曲作りに愛用しているアプリ、つくろうバンドをタップする。


「あ! できてんじゃん」

「まあね。結構な自信作かな」

「いかにもガナッシュっぽいなー。ボカロの声も合ってるね。チューチューブにアップしてみれば?」

「いや、まだだ。こんな素人くさい曲は世に出せない」


 静が太路の意向を無視してチューチューブを立ち上げるから太路は慌ててタブレットを取り上げる。


「出さなきゃ絶対に人目に触れないじゃん。永遠にチャンスなんて来ないよ」

「もうひとつパンチが欲しいところなんだ」

「SNSでもやってみりゃーいいんじゃねーの。アイデアもらえるかもしれないし、もしかしたらプロからアドバイスされるかもよ」

「いやいや、まだだ。まだ早い。その時が来たらアカウント作るよ」

「どの時だよ」


 まだガナッシュが広く世に知られていない今なら、ガナッシュに僕の作った曲をアピールできるチャンスなのかもしれない。


 でも……でも、ガナッシュに向けるとなると、まだ僕の曲は弱い。


 太路は上出来だと思いながらも自信が持てない。身内にしか聞かせていないのだから、当然である。


「静、そろそろ帰らないとさすがにマンションの門限に間に合わなくなるよ」

「健ちゃん、飛ばしてー」

「法定速度は守るぞ。ネクジェネのセイを乗せて事故ったら俺の店潰れるわ」

「そこは守って、健ちゃん。ケガをすると痛い。静に痛い思いはしてほしくない」


 3人は玄関へと移動した。


「太路ちゃんも明日からの学校がんばってね」

「また1年生なんて留年した気分だよ」

「名誉の負傷だから、ヒーローになれるんじゃね」

「全くなりたくない。僕はただひたすらに平穏な学校生活を望むよ」

「やーい、ヘタレ!」


 ヘタレでもいい。他人と関わることがなければ人の薄情さに幻滅することもないんだから。


 太路の母親が合格を喜んだ、太路には少し背伸びしたレベルの聖天坂しょうてんざか高校。


 卒業さえできればそれでいい、と太路は真剣に考えていた。

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