第5話 地元のスター

 迷惑な足音はまっすぐ近付いてきて、太路の部屋へと五人ものじいさんばあさんが入ってきた。


「太路ちゃん! 良かったねえ、目が覚めたんだねえ」

「立派だよ、太路ちゃん! 悪いヤツをやっつけようと立ち上がったんだ、正義の味方だよ!」

「静ちゃんだけが地元の希望かと思ってたけど、太路ちゃんだって負けてねえ! うちの自慢の坊主だ!」


 太路の近所に住む人たちが太路のベッドの周りを囲み、涙を流しながら拍手で称える。


「ありがとう、みんな」

「静ちゃんが嬉しそうな声で電話くれたんだあ。静ちゃんが明るくなって本当に良かったあ」

「太路ちゃんが寝てる間は静ちゃん別人みたいにションボリしちまってよお、見てらんなかったよ」

「静ちゃんは?! 久しぶりに元気な静ちゃんが見られると思って急いで来たんだよ!」


 ハイハイ、みんなお目当ては静ですね。


 分かってはいたが鼻白む。


「静なら仕事に行ったよ」

「もう復帰するんかい?!」

「復帰?」


 5人の中年と老人が慈悲深く太路を見つめた。


「静ちゃん、太路ちゃんが暴行された日から活動休止して病院に泊まり込んでたんだよ」

「ドタキャンした上に三カ月も仕事休んでたの?! 大丈夫? 干されたりしないんだろうか」

「プロデューサーとヒマちゃんが見舞いに来て、静の様子見てこれは無理だって判断された結果だからその心配はないと思うよ」


 静……。


 まず言うべきは、ありがとうだったんだ。


 静も文句しか言ってなかったが、先ほど静に文句ばっかり言ってしまったことが悔やまれた。


「静マジすげえよ。今夜生放送の音楽番組で電撃復帰だって。セイがセンターの新曲やるって」


 健太がスマホを見る。


 もう復帰がニュースになっているのか、と太路も驚いた。


「レッスンは三カ月以上前からできていたのかな」

「いや、音源送ってもらって、この部屋で練習してたよ。ダンスも」

「この部屋で?」

「うん。発表前に情報漏洩する訳にはいかないっつって、俺をドアの前に立たせて絶対誰も入れるなって」

「健ちゃん、門番みたいに立ってたもんなあ」


 さすが静だ。アイドルとして守らねばならないことはちゃんと守る。素晴らしい。


 太路は自分のことのように誇らしく思った。


「これ見てくれよ、太路ちゃん。ネクジェネの特集があるから買ったんだけどさあ、国民が育てたアイドル、セイだって。国民が育てたんじゃねえ、俺ら地元が育てたんだ」


 不服そうに佐藤さとうのおじさんが太路に週刊誌を投げ渡す。ご丁寧にふせんが貼ってあるページを開く。


「僕たちにとってはそうだけど、書いてる通りだよ。小学5年生でデビューして、反抗期にはテレビの前でこんな仕事やりたくないって言っちゃあネットニュースになってコメントが殺到し、中二病を患って私は大人の操り人形じゃないだの香ばしいことを叫んじゃあコメントが殺到し」


 うんうん、と鈴木すずきのばあちゃんがうなずく。


「悔しいけど、全国的には国民が育てたアイドルにならあなあ」

「成長過程での黒歴史をすべて披露して、その度いろんなご意見が集まって考えを改めて今の静がいるんだもんな」


 健太が同意する。太路も納得の面持ちだ。


「ネクストジェネレーションのセイと言うよりも、七瀬ななせ静という人間が国民の皆様に育てられている。僕も含めて地元だけじゃあ、静が何をやっても言ってもかわいがるばっかりで正してやることはできなかっただろう」

「俺たちはちっこい頃からの静を見てるからなあ」

「そうだけどよー」


 まだ納得がいかない様子の佐藤のおじさんの肩を高橋たかはしのじいちゃんが笑いながら叩く。


「地元のスターが日本のスターになったんだ。誇らしいことだよ!」

「そうだよ、佐藤。ネクジェネは今や日本のトップアイドルグループだ。誇ろうや!」


 更に高橋のじいちゃんの肩に田中たなかのおっさんが腕を掛け、中高年男性三人が連なった。


「んだんだ。静ちゃんが地元の宝なのは全国区になっても変わらやあしねえ。おらたつぁ静ちゃんが思いっきり羽根伸ばせる地元をこれからも守るだけよお」

「そうだな、伊藤いとう仙人の言う通りだ。俺たちは静ちゃんが帰って来る地元を守るだけでさあ!」


 地元の盆踊り大会で歌われる誰が作ったのか分からない歌を大声で歌う。個室とは言え、ドアが開いているので他の患者たちがのぞきに来ている。


 僕の入院生活がますます息苦しいものになりそうだ。太路は体が動かないなら超能力ででもドアを閉めたくなった。

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