第4話 バッテリー

 健太が医師に深々と頭を下げ、名刺を渡す。


「本当にありがとうございました。俺こういう者です。良かったらぜひお越しください」

「おお! 有名店じゃないですか」

「お! ご存知ですー? ご予約いただきましたら一番人気の子をキープしておきますよ」

「いいんですか! 伺います!」


 ニヤニヤと嬉しそうなドクターをナースが怪訝な表情で見る。目が合うとドクターは軽く健太にお辞儀をしてそそくさと病室を出て行った。


「一ノ瀬さん! 目が覚めたんですね! 良かったー」


 また別のナースが駆け込んで来る。


 僕は随分と心配をかけていたようだ、と太路は少し申し訳なく思った。


「お! 俺、椎名しいな健太と申します。お綺麗なナースさん、秘密厳守でコッソリ稼ぎませんか?」


 健太が新たに現れたナースに名刺を渡して微笑んだ。


「……いかがわしいお店じゃないですか! 結構です!」


 ナースが健太に名刺を叩きつけて病室を出て行く。


「健ちゃん、人が世話になる病院で客引きやスカウトをするのはやめてよ。僕の居心地が悪くなる」

「あのナースさん絶対売れる。太路が退院する時もう一回チャレンジしよ」

「あの、私、コッソリできる副業探してるんですけど~」

「うちはスカウト専門を売りにしてるんで、一定のルックスを超えてもらわないと入店させられないんですよー」

「えっ」

「健ちゃん!」


 丸まると太ったナースが真っ赤な顔をしてドスドス病室を出て行く。


 太路が顔をしかめる。僕への当たりが強くなるんじゃないだろうか。いい迷惑だ。


 病室に二人きりになると、健太が深い悲しみをあらわにしてベッド脇の丸椅子に座った。


「太路……姉さんが」

「静から聞いたよ。ごめんね、健ちゃん。僕息子なのに何もできなくて」

「お前が謝ることなんか何もない。よく目覚めてくれた。本当に良かった」


 健太が太路の左手を両手で包む。


 こんなにも僕を心配してくれていたなんて……言い得ない気持ちが胸いっぱいに広がって、涙が出そうになる。


「静のヤツ、太路に万が一のことがあったら後追いかねねえ顔してたんだもん。さっき廊下で会ったら静が笑っててマジ良かったー!」

「ああ、心配してたのは静ね」


 だろうと思った、と思いながら見事に涙が引っ込んでいく。


「太路がいるから静はがんばれるんだ。今回のことでよく分かったよ」

「ハイハイ、どうせ僕は静の付属品ですよ」

「いや、バッテリーだ。バッテリー切れで電源が入らないと全く機能しなくなってしまう」


 バッテリーか。あってもなくてもどうでも良さそうな付属品よりかは格段に評価が上がったな。


 太路の気分が良くなった。単純な男である。


 ふと太路は顔を上げた。病院とは思えぬたくさんのバタバタとした足音が近付いてくる。

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