第3話 歌の力

「太路ちゃんが暴行を受けた日に亡くなったの……がんを患っていたのに、私たちには隠してたんですって」


 静の言葉に、太路は呆然とした。けれど、すぐそばで唇をかみしめる静を見ると、不思議と心は乱れない。


「静。泣いていいんだよ」


 せきを切ったように静の目からあふれる涙。薬のせいか思うように動かない手で静の長い髪をなでた。


「太路ちゃんが死んじゃったらどうしようと思った。おばさんが死んじゃって、太路ちゃんまで」

「大丈夫。僕は生きてる」


 静が涙でびしゃびしゃになった顔を上げた。太路の穏やかな笑顔を見つめる。


「寝てる間も静の歌を聴いていたような気がするよ。ここで歌ってた?」

「うん。ひとりでいると気が変になりそうで」

「僕の命を繋いだのは静の歌だよ。静の歌には力がある」

「太路ちゃん……」


 両手で涙を拭った静が立ち上がり、サイドテーブルの上に高く積まれた色紙にペンを走らせていく。


「お医者さん! ナースさん! 太路ちゃんを助けてくれて本当にありがとう!」


 山のような色紙をナースに渡し、静はいつものように勝気な笑顔で太路を見た。


「仕事に行ってくる!」

「行ってらっしゃい」


 静が小ぶりなリュックを背負うと、ナースも医師も驚いた。


「もう仕事? 大丈夫?」

「大丈夫! 皆さん、ネクストジェネレーションを応援してね!」

「する!」


 静が病室を飛び出して行くと、医師とナースが笑い合う。


「セイちゃん、テレビのまんまだったなあ」

「クソガキのイメージそのままでしたね!」

「え。静がご迷惑をおかけしたみたいで、すみません」


 太路が小さく頭を下げる。二人が笑って手を振り否定した。


「太路ちゃんを助けてくれたらいくらでもサイン書くから色紙持って来て! って病院中に声かけて回って」

「絶対に一ノ瀬太路を救え! って関係者からの圧力がすごかっただけだよ」

「私、万が一のことがあったら病院辞めるしかないと思ってましたもん」

「いやー、目覚めてくれて本当に良かった!」


 純粋に僕が目覚めたことを喜んではくれないのか、と不満に思いつつも医師とナースが抱き合っているのを見ていると、バタバタと足音が近付いてくる。


「太路! マジだ! 太路が起きてる!」

「健ちゃん」


 上体を起こしている太路の姿を目にした健太けんたは、安堵のあまりその場に崩れ落ちた。

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