第7話 母さん

 太路が住む家は、太路の両親が結婚と同時に購入した小さな中古の戸建てである。

 やや昭和の趣を感じさせる和風住宅。


 健太が一冊の預金通帳を小ぶりな金庫に閉まった。未成年の太路に代わり、両親が残した財産を健太が管理している。


「未成年後見人なんて初めて聞いたよ。母さんがそんな着々と終活してただなんて全然気付かなかった」

「姉さんが気付かせなかったんだよ。未成年の太路が絶対に行けない場所っつって、遺書もうちの店で預かってたし」

「遺書が隠された風俗店……パンチのあるフレーズだけど、どうメロディをつけたらいいのか全然浮かばない」

「どうあがいても名曲にならねえから無駄に頭使うな」


 いや、この思いつきが僕のプロデューサー人生の岐路になるかもしれない。大真面目にメロディを口ずさむ太路を見ながら、健太がフッと笑った。


「姉さんの病気のことを太路が知ってただなんて、俺も全然気付かなかったよ」

「僕たちが悲しまないように隠そうとした母さんには悪いけど、隠し通して突然別れの日が来るよりも心の準備をする時間が静には必要だと思ったんだ。でも、どう伝えるか悩んじゃって、結局僕の件と重なるという最悪の事態を招いてしまったよ」


 はは……と力なく太路が笑う。太路の後悔を感じた健太は明るく尋ねた。


「なんで分かったの?」

「掃除してて薬を見つけたんだ。何かと気になって検索したら病名が出てきた」

「姉さんらしいな。詰めが甘い」


 二人で悲しみが逃げていくように声を上げて笑う。


「おおらかで豪快でズボラな人だから、後で拾おうと思って忘れたんだろうね」

「太路は神経質なのにな」

「神経質じゃない。ただの綺麗好きだよ」


 太路の家には幼い頃からのたくさんのプライベートでの写真やネクジェネのポスター、グッズがあるが、どれも貼る間隔や向きなどが統一されていて、七瀬静記念館と呼べそうである。


 雰囲気が明るくなったところで、ひとつ、太路が気がかりだったことを思い切って口にする。


「母さんは僕が暴行を受けたことは聞いたの?」


 健太が優しく微笑んだ。


「聞いてない。何も心配することなく、安らかで眠るような最期だった」

「そう……良かった」


 看取ることもできず最後の最期に心配をかけるなんて、親不孝が過ぎる。

 太路はホッと胸をなで下ろした。


「ただいまー!」


 玄関のドアが開いた音と同時に静の元気な声がする。


「あ、静帰って来れたんだ」

「最近すごい忙しそうだもんな」


 絶対スケジュール調整してもらうとは言ってたけど、またヒマさんを困らせたんじゃないだろうか。

 二人は眉をしかめて見合った。

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