お昼休み

「蒼真君ってば、またパン一個しか食べないの? それじゃあ、健康に悪いし背も伸びないよ」

「はぁ。またですか、春神先輩。人が何食べててもあなたに関係ないでしょう」

「関係あるよ。先輩として後輩を心配するのは当然でしょ」

「心配して頂かなくてもあなたより充分成長していますよ」

「そ、それはそうだけど」

 自慢気な顔で僕を見下ろしているのは学年一生意気な後輩こと秋寺蒼真君。ひょんなことから僕と蒼真君は友達(本人は全力で否定する)になった。それ以降、お昼休みには彼の元に半ば強引に押しかけている。蒼真君はぶつくさ文句を言いながらも一緒にいてくれるので、本気で嫌がっているわけではないだろう。・・・・・・と思う。思いたい。

 ここは校舎裏にある出入口。この扉に利用者はいないため、ゆっくりお昼ご飯を堪能できる。

「ってか、春神先輩は昼飯一つも持ってないじゃないですか」

 蒼真君は珍しく少しだけ驚いた表情をしている。目にかかる前髪を払いのけてくれたお陰で、彼の顔がしっかり見える。蒼真君の驚く顔なんてそうそう見られない。何だか得した気分だ。

「さっきまでクラス委員の仕事をしてたから、お昼を買いに行く時間がなくてね。購買凄く並ぶでしょ。行ったら蒼真君とお話する時間がなくなっちゃうと思って」

「は?」

 蒼真君の目が訴えかけてる気がする。「春神先輩は馬鹿なんですか」と。

「春神先輩は馬鹿なんですか」

 ほら、やっぱり。自分で予想しておきながら、何だか悲しくなってきた。

「いやいやだって、蒼真君に会えるのってお昼休みくらいじゃん。学年違うから普通の休憩時間には教室行けないし、帰りはすぐに帰っちゃうし」

「別に毎日会う必要ないですよね」

「そ、それはそうだけど」

「それなら―」

「ごめんっ!」

 僕がいきなり謝ったので、蒼真君は何事かと大きく目を見開いた。

「僕が、蒼真君に会いたいだけなんだ。だから、えっと、毎日会う必要とかは特にないわけで・・・・・・」

「まぁ、そうですよね」

「うう。辛辣」

 僕はがっくりと肩を落とした。こうもはっきり言われるとは思っていなかった。やっぱり、蒼真君が嫌がっているように見えなかったのは勘違いなのだろうか。

「ふっ」

 突然、隣から小さな笑い声が聴こえてきた。一瞬、何が起こったのか理解できず、僕はその場に固まってしまう。少しの間の後、やっとのことで状況を理解できた。あの蒼真君が僕を見ながら笑ったのだ。

「え、蒼真君が笑ってる」

「失礼ですね。俺だって笑いますよ」

「そ、そうだね。ごめん」

 何となく勢いに押されて謝ってしまった。いや、確かに僕が悪いんだけど。

 しかし、蒼真君の笑う顔も見られると思わなかった。何だか今日はラッキーな気がする。嬉しさのあまり、謝った直後にも関わらず僕は笑ってしまった。

「春神先輩、何笑ってるんですか」

「蒼真君の笑ってる顔を見られたのが嬉しくて、つい」

「はぁぁぁ」

 さっきは笑顔を見せてくれたと思ったのに、今度は盛大な溜息を吐かれた。溜息を吐いた時に下を向いたせいで、長い前髪に隠れて蒼真君の顔が見なくなる。校舎の影があるせいで、蒼真君の髪がより真っ黒に見える。

「そんな溜息なんて吐いてどうしたの? その、明日からお昼にここ来るの、辞めた方が良い?」

 蒼真君の俯いた頭に向かって、小さな言葉を投げかける。

「・・・・・・ですよ」

「? ごめん、聞こえなかった」

 蒼真君から声が聴こえてきたが、小さすぎて聴き取れなかった。僕は申し訳なさそうに耳を近づける。それと同時に蒼真君が顔を上げた。真っ黒で綺麗な瞳と僕の瞳がピッタリ合う。何故か蒼真君はすぐに顔を逸らした。少しだけ見える頬が赤い気がする。

「いや、だから、別に、一緒に昼飯食べても良いって言ってるんですよ」

「本当っ!?」

 僕が大きい声を出すと、蒼真君は「うるさい」とこちらを向いて顔をしかめた。あまりの嬉しさに、サッと蒼真君の手を取る。

「本人の了承ももらったことだし、明日からも毎日お昼はここに来るね」

「毎日は遠慮します」

「これで明日からも頑張れるよ」

「俺の話聞いてます?」

 蒼真君は仕方ないという表情で嫌そうにしている。しかし、了承したのだから責任はそっちにある。言質は取った! 明日からは遠慮なく一緒にお昼を食べられると思うと嬉しくてしかたない。

「それと、一緒に帰っても良いですよ」

「え」

「何ですか、その顔」

「いや、だって、いつもすぐに帰っちゃうじゃん。もしかして、僕と一緒に帰りたかったとか」

 予想外の言葉に驚いてしまう。明日は台風かもしれない。

 ありえないとは思いつつも、思わず一緒に帰りたいのかと聞いてしまった。まぁ、「春神先輩は馬鹿なんですか」と言われそうだけど。

「春神先輩は馬鹿なんですか。自意識過剰です」

 ほら、やっぱり。いや、予想よりも暴言が増えてる。

「一緒に昼飯食べたい、とか言う理由だけで飯買ってこないのは困るので。一緒に帰れば昼会う時間減っても問題ないですよね」

「ああ、そういう」

 僕は再び肩を落とした。蒼真君と出会って一カ月。毎日会っていたから流石に仲良くなれたと思ったのに! それでも、今日は普段見られない蒼真君の表情を沢山見られたから良いや、と満足することにした。

 校舎から午後の授業に戻るための予鈴が聴こえてきた。もう教室に戻らないといけない。楽しい時間はあっという間だ。蒼真君がどう思っているかは知らないけど。

「それじゃあ、僕は先に教室戻るね。次、移動教室だから」

「はい」

「帰り、校門で待っててよ。絶対だからね!」

「はいはい」

 蒼真君は鬱陶しそうに片手をヒラヒラと振っている。僕は立ち上がって校舎に向かって歩き出した。

 少し遠ざかったところで、こっそり後ろを振り返った。蒼真君の表情を見たかったからだ。少し離れた場所から横顔を見ただけだから、見間違いかもしれない。

 蒼真君は、少し照れたように微笑みながら手にしたパンを食べていた。

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後輩が全然可愛くないという話 紫音咲夜 @shionnsakuya

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