牡丹森1
「牡丹森さん」
聞こえてきた声に文庫本から顔を上げると、隣の席の優等生である三枝くんがにこりと笑みを浮かべていた。
三枝くんは優等生なだけでなく美少年でかつ運動神経も滅茶苦茶いい。
それなのに何故かクラス一のコミュ障かつ根暗女な私によく声をかけてくる。
あと他校に私と似通った趣味の友達がいるらしく、時々そっち方面の話も振ってくる。
話を聞いているとそのお友達さんと私の趣味は本当によく似通っている気がする、もし同じ学校だったらひょっとしたらいいお友達になれていたかもしれない。
なんで三枝くんみたいな出来のいい人が私みたいな根暗女に話しかけてくるのかは、実はよくわからない。
多分気を使ってくれているのだと思う、全く嬉しくないわけではないけれど、ちょっとだけありがた迷惑だったりもする。
でも結構助けてもらっているので、やっぱり普通にありがたい。
なんでこんなよくしてくれるんだろうか、ひょっとしたら聖人か何かの生まれ変わりなのかもしれない。
と、思いながら文庫本を閉じて三枝くんと向き合う。
「……なんですか?」
「今日って、放課後お暇ですか?」
「え……ええと……」
ぶっちゃけ、なんもない。
そもそもなんの用だ、用件を先に言ってくれ。
どう回答したものかと逡巡していたら三枝くんはにこにこと笑っていた顔を少しだけ曇らせた。
「ひょっとして忙しかったですか?」
「忙しいっていうか、なんの用でしょうか?」
「話したいことがありまして、お時間は取らせませんので……もし良ければ放課後に少しだけお時間をください」
話したいことってなんだろうか、全く心当たりがない。
うーんと考え込んでいたら、「駄目ですか?」とものすごく悲しそうな声で言われてしまったので思わず「ダイジョブデス」と答えてしまった。
直後に三枝くんの顔がぱあっと明るくなる。
まあ、大した話じゃないだろうし、いっか。
「好きです……ずっと前から大好きでした」
放課後になって待ち合わせ場所である図書室にのこのこやってきた私は、軽率に「ダイジョブデス」と言った己を呪った。
さっきまで呑気に帰りに適当に見繕って何か借りて行こうとか思っていた過去の自分を殴り飛ばしたい。
図書室に来るなり子犬さんみたいな笑顔の三枝くんに「お待ちしていました」と言わながら人があんまりいないスペースに連れて行かれた。
それで話ってなんだろう、と顔を見上げたら「付き合ってください」と。
そして縋り付くような視線で見つめられながら「好きです」とか言われている。
晴天の霹靂とはこういうことを言うのか、まるで意味がわからない。
何故だ、いったい私のどこに人に好かれる要素があるっていうんだ。
あんぐりと口を開けていたら、三枝くんは私の手を握ってくる。
「突然こんなこと言い出してごめんなさい。でもどうしても伝えたくて……絶対に、絶対に幸せにします……だから」
あんまりにも切実な声だった、実は少しだけからかわれているのかとか罰ゲームか何かかと疑っていたのだけど、これは多分本気だ。
なら、私も真剣に答えなければならない。
「……ごめん、好きな人がいるんで」
脳裏に浮かんだのは口の悪いゴスロリ美少女。
全く、誰が『百合子』なんだか。
でも、好きになってしまったのだから仕方がない、なんだってあんなのをとは自分でも思うけど。
ものすごく不毛な『好き』なのはわかっている、絶対に叶わないのもわかり切っている。
だからこそ、その思いを抱えたまま三枝くんと付き合うのはものすごく失礼なことだ。
本気で思ってくれているのであればこちらもその思いに全力で応えなければならない。
だけど今の私にはそれは無理だ。
三枝くんは顔を思い切り強張らせて、この世の終わりの瞬間でも目撃してしまったような、見ているだけで土下座したくなるような顔で私を見下ろしている。
ごめんなさい、ごめんなさい、でも三枝くんならもっと良い人と幸せになれると思うから許して。
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