ヤエザキ2

 砂糖を追加しまくったウィンナーココアをどよーんと飲んでいたら、どかりと音が。

「百合子氏? ……どったの?」

 重っくるしい雨雲でも背負ってそうな顔で百合子氏はこちらの顔をギロリと睨みつけてくる。

「……ふられた」

「はい?」

「すきなひといるって」

「へ? ……ひょっとして百合子氏、告ったの? 外堀しっかり埋め切ってから告るって言ってなかった?」

「だって可愛いから、ものすごく可愛いから……どうしても他のに取られたくなくて……それなのに……ああ、クソ!!」

 ダン、と百合子氏は地団駄を踏んだ。

 思わず「ひえ」と情けない悲鳴が口から漏れた。

「どこのどいつだ俺の嫁を誑かしたクソ野郎は……探し出して血祭りにあげてやる……」

「百合子氏、落ち着いて百合子氏!! 今超物騒なこといってるでござるよ!!?」

「うるっせえ!! お前に何がわかる!!!」

「わかんないけどそういう言動を軽率にしちゃ駄目なのはわかってる。百合子氏、冗談でなく実行しそうだから怖いんだよ」

「冗談じゃねーよ」

「ならなおのこと悪いでござるよ……百合子氏がたとえその思い人氏の好きな人に何をしたって思い人氏の心は百合子氏には向かない。まあ百合子氏が思い人氏のことドチャクソに好きなのは知ってるから怒り狂ってるのも悔しいのもわかる。けど……」

「黙れ!!」

 襟首を掴まれた、正気を失った獣の目が私の目を射殺さんばかりに睨んでいる。

「黙らない。見知らぬキモオタに恋愛相談するくらい君って友達いないんでしょ? ならこういう事言えるのってボクだけじゃん」

 獣の瞳と真っ正面から目を合わせる。

 それからしばらく膠着状態に陥ったが、やがて百合子氏の瞳にある程度の人間味が戻ってくる。

「キモオタのくせになんでそんな度胸あんだよお前……」

 放り投げるように自分を解放した百合子氏はポツリと呟いた。

「兄貴が昔やんちゃしてたので。だからちょっとだけ慣れてるんでござるよ、こういうの」

 そう言いつつ、いつでも飛び出せるように身構えていたらしい兄貴に無言で手を振った。

「なっとくがいかない……」

「うん」

「オレの方が絶対好きなのに……あの子のためなら文字通り何をやってもいいいと思ってるのに……」

「うん」

「素で話したら絶対怖がらせるから必死で猫被って、それを愛してくれるなら死ぬまで突き通そうと思ってたのに」

「うん」

「なのにあの子はオレのものになってくれない……なあ、どうしたらいい? 嫌だ、あの子が他の男の手垢に汚されるのは絶対に嫌だ……それならいっそ、オレが……もう猫被りなんてやめて、怖がられようが憎まれようが……そうすれば」

「百合子氏、百合子氏、ものっそい唐突だけど、ボク、百合子氏のこと好きだよ」

「……は?」

 まん丸に目を見開いた百合子氏に「にひひ」と笑う。

 これだけの爆弾落とせば脳が処理落ちして復帰する頃には多少は冷静になってくれるだろうとか思っている。

 実際、兄貴の知り合いが犯罪に走りそうになっていた時に似たような手を使ったら正気に戻せたらしいし。

「けど百合子氏はボクの事なんか眼中にないでしょ? ボクがどれだけ追いすがったところで絶対に好きになんかなってくれない。乱暴働いたところで怒るか憎むだけで絶対に好きになんかならない。それと同じ事だよ……生きていれば、絶対にどうしようもならないことがある」

 ここで無理矢理、強制的に思い人の立場に立たせる作戦。功を成してくれるといいのだけど。

 自爆だよ、わかってる。

 私の捨て身の特攻作戦が効いているのかどうかはわからない、だって百合子氏、目をまん丸に見開いたままフリーズしてるもの。

「ま、でも好きな人がいるっていうんだったら正直にそう言ってもらえてよかったんじゃないの。後々修羅場になるよりマシでしょ」

 百合子氏は何も言わない。

 衝撃が強かったのか完全に硬直してる、今なら何しても反応してくれなさそう。

「ちょっと頭冷やして考えなよ。どれだけ悔しくても心が痛くても暴力になんか走っちゃ駄目。…………あ、好きだって言ったのは百合子氏を落ち着かせるために言った大嘘なのでお気になさらず〜。では、今日はこの後用事があるのでお先に失礼させてもらうでござるよ」

 甘ったるいココアを一気飲みしてから、格好つけて立ち上がって手を振った。

 なんの反応も返ってこなかった、酷いな百合子氏は。

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