百合の花でできたナニカ

朝霧

ヤエザキ1

 兄の喫茶店の片隅でいつものように勉強していたら、今日もゴスロリ百合っ子がやってきた。

「おい、ヤエザキ。ツラァ貸せ」

「うっわ百合子氏超機嫌悪いじゃん。どったの?」

 せっかくよく通る綺麗なアルトボイスをしているのに、不良みたいな口調のせいで全部台無しだ。

「どうしたもこうしたもねぇよ。またオレの嫁に虫がついた」

「付き合ってもないくせに嫁呼ばわりするの良い加減やめたら? ちょっと怖いよ百合子氏」

 頭にチョップが降ってきた。

 白魚のような手のくせに意外と威力がある。

「いった!? ちょっとやめてくだされ、バカになったらどうしてくれるでござるか、ったく……」

「それ以上バカにはならないだろうから別に良いだろ」

 鼻で笑われたのでカップの中のウィンナーココアをお綺麗な顔面にぶちまけてやろうかと思ったけど、今の自分がやったら根暗な暴力クソ男になるのでやめておく。

「そんなバカにしか恋愛相談できない百合子氏ってお友達いないの? カワイソー、プークスクス」

 ビンタが飛んできた。

「あいたっ!?」

「とりあえず黙れ?」

 ポキポキと腕を鳴らしている、白い額には血管も浮いている、多分次は拳が飛んでくる。

 なのでおとなしくお話を聞くスタイルになった。


 百合子氏との出会いは今から約半年程前のことだった。

 この喫茶店で文庫本を読んでいたらいきなり目の前にどかりと座られ、「おい、キモオタ君や、その本について知ってること全部吐け」などと脅してきたのである。

 私の性別は普通に女なのだけど、その時は心配症な兄貴に押しつけられたお下がりのクソデカくてセンスのかけらもないパーカーとレンズの分厚い伊達眼鏡という女らしさの欠片もない格好をしていたため、男だと思われたらしかった。

 誰からも声なんてかけられないだろうとタカを括っていたのに、突如美少女にメンチを切られてものすごく面食らったし、ここの店主である兄や昔からの顔馴染みでもある店員さん達の間にも張り詰めた空気が流れた。

 しかしいくらヤンキーじみた言動であるとはいえ、相手は絶世の美少女、しかもふわふわのゴスロリ衣装。

 緊張よりも困惑の方が勝った。

 しばらく黙り込んでいたらゴスロリ美少女は声を低めて「おい、なんとか言ったらどうだ、クソチビ」とか言ってきた。

 これは相手にしないとまずいと思って話を聞いてみると、なんでもその時私が読んでいた文庫本と同じ本をゴスロリ美少女の好きな人が愛読しているので、話題作りのために内容やらなんやらについて詳しく知りたいのだという。

 それを聞いて、私は一言。

「いや、普通に自分で読めばよくない?」

 ちょっと古い作品だけどかなり人気あるから普通に本屋で売ってるし、お金がないのだとしても図書館に行けば置いてある。

 絶版しててどうしても手に入らないというのならまだしも、何故普通に簡単に手に入るもののことを赤の他人に聞いてくるのだろうか、意味がわからない。

 と、首を傾げていたらゴスロリ美少女は「うっ」と息を詰まらせた後、ポツリと活字を長時間見続けると眠くなるから断念した、と。

 それでも話題作りのために本の内容を知りたかった彼奴は、偶然通りかかった喫茶店の窓際でその本を読んでいる私を発見して藁にもすがる思いで脅しにかかってきたらしい。

「つーわけだから全部吐け」

「横暴だなあ……」

「あ? オレみたいな美少女の役に立てるんだから泣いて喜べよ、キモオタくん」

「おわあ……」

 やべぇのに絡まれたなあとは思ったけれど、金銭を要求されているわけではないし時間もあったので、私は本のあらすじと個人的な推しポイントをざっくり話した。

 ゴスロリ美少女は態度の割に大真面目にメモを取っていた。

 あらかた話し終わった後、ゴスロリ美少女はポツリと『たすかった』とだけ言って去っていった。


 ゴスロリ美少女とはそれきりの関係で終わると思っていたのだが、それからもしょっちゅう現れて脅迫的にアドバイスを求めてくるようになった。

 なんでも私の話を元に好きな人に話しかけたら割とうまくいったらしい。

 だから次に聞いてきたのは話題になりそうなものの話、あの本が好きなら他にどんな本が好きそうかだの、そのあらすじだのを根掘り葉掘り聞かれた。

 話を聞しているうちにゴスロリ美少女は自分の好きな人のことを話すようになった。

 初めの方は好きな人とだけ言っていたその人がものすごく可愛らしい女の子であるという話を聞いたのは、五回目の遭遇の時だったはずだ。

 私と違って偽名すら名乗らなかったゴスロリ美少女のことを私が勝手に百合子氏と呼び始めたのはそれを知った後。

 怒るかなとか流石にちょっと差別っぽいかなと思ったけど、意味がわかっていなかったのか今の今まで特になんのツッコミも受けたことがない。

 百合子氏の思い人はとんでもない美少女らしいけど、話を聞いていると時々「あ、お仲間ですわ」って感じのエピソードを何度かされたことがある。

 おしとやかで物静かだって言っているけど多分ただのコミュ障だと思う。

 あと、その思い人の趣味が思いの外自分の趣味と似通っている、というかほぼ一致しているとすら言い切ってしまってもいいかもしれない。

 ひょっとしたらいいオタ友になれるかもなあ、なんて勝手に思っているけど、そんなことを口にすれば後日私が惨殺死体として発見されそうなので絶対に言わない。


「つまり、そのクソ野郎氏が百合子氏の思い人氏のことをエロい目で見ていた、と? えっ、それだけ? それだけでキレてんの? 百合子氏は相変わらず大袈裟でござるな〜」

「あ゛?」

 キレ散らかしてる百合子氏の話を聞いてみれば、言い寄られていたどころか会話すらしていないレベルの話だったので拍子抜けした。

 一方百合子氏はメンチを切ってきた、下手なことを言うとまたチョップをくらいそうだ。

「……クラスメイトなんでしょ? それに百合子氏曰く思い人氏って超絶美少女なんでしょ? それなら邪気がなくとも目で追っちゃうのは普通にありそうですし……ってか、ちょっと見るくらいなら許容しとかないと百合子氏が持たないよ。そのうち頭の血管ブチ切れてお陀仏してそうでボク心配っすわ」

「は? 余計な心配してんじゃねーよカス」

「本当に余計でござるか〜? ってか百合子氏本当に猫かぶれてんの? 正直言ってあんまりにも怖すぎるから皆気付いてるけど突っ込んでもらえてないパターンなのでは?」

「はあ? オレがそんなヘマするとでも?」

「うん」

 ぺシーン、と頭を叩かれた。

 暴力反対!

「いったいなあもう、百合子氏が可愛い女の子じゃなきゃ訴えてるよ……」

「ハン」

「はあ〜、もういいっすわ。で? 今日は愚痴言いにきただけ? それだけならもう気は済んだ? さっさとコレ終わらせて駅前の本屋行きたいんだけど」

 ペン先でノートの先を突きながら言うと、百合子氏は顔をしかめた。

「気が済んだとでも? それに少し聞きたいことがあるから付き合え」

「はいはい、我儘姫様の仰せのままに」

 デコピンを喰らった。

「あっ……いった!! ……ほ、本気出しやがったでござるね!?」

「は? かなり加減してやったけど?」

「うっそだあ」

 なんてぎゃあぎゃあ騒いでいたら、カウンターの兄貴から「お前らもうちょい静かにしろよー」と言われた。

 デコは痛いし勉強は進まないし、ゴスロリ美少女は横暴だし、本当に散々だ。

 でもちょっとだけ楽しかったりする、口が裂けても絶対に言わんけど。


 百合子氏の気が済んだ頃には少し遅い時間になっていた。

 勉強の残りは家でやることにして、店を出た。

 百合子氏は駅前のスーパーに用事があるようで、途中まで一緒に行くことになった。

 超絶美少女な百合子氏とどっからどう見ても立派なキモオタな見た目の自分の組み合わせは誰から見ても異色の組み合わせのようで、時折肌を針金の先で突っつくような視線を感じた。

 特に大したことも話さずに百合子氏と別れて、私は本屋へ。

 欲しかった本を買って足取り軽く本屋を出たら、スーパーの袋を引っ下げた百合子氏が大柄な男に言い寄られていた。

 多分ナンパだ。

 ……仕方ないなあ。

「百合子氏〜、お待たせしてしまって申し訳ないでござる〜。さっ、行きますぞ」

 百合子氏と男の間に無理矢理割って入ってニカっと笑いながら百合子氏に手を差し出す。

 百合子氏は目をまん丸にしてこちらを見ている。

 に・げ・て、と口パクで伝え切った後に真横から声。

「あぁん? んだてめえ」

「そういう貴殿こそ。嫌がる女の子に何やってんでござるか、みっともねえ。つーかこの子好きな人がいるからお兄さんがいくらダルがらみしても無駄だと思うっすよ。つーわけでおつかれさまでぇす」

 わざと煽ってやると男は顔を茹で蛸みたいにした、単純すぎない?

 殴られるかもだけど目撃者は多数だし顔は覚えた。

 なら後々の復讐は容易だった、あらゆる意味で私の方が有利。

 兄貴にブチ切れられそうだけど、女友達守るためならしゃーなしだわ、ってことで。

「ブサ男が調子乗りやがって!!」

 案の定、男は拳を振り上げてきた。

 一発は普通に受けようと思うけど目に当たって失明とかしたらやだなぁって思っていたら、身体が後ろに吹っ飛んだ。

「ぎゃん!!?」

 一瞬もう殴られたのかと思ったけど違った、多分後ろから勢いよく引っ張られた。

 思い切り舌を打って悶絶、何が起こったのだと顔を上げると、ちょうど百合子氏が男をハイキックで蹴っ飛ばす姿が見えた。

「ええ〜……」

 百合子氏、つよ……と思っていたらギロリと睨まれた。

「余計なことしてんじゃねーよ、カス」

 とか舌打ちしつつ不器用にこちらに伸ばされた手は掴まずに立ち上がる。

 ……ああ、もう、本当にクッソかっこいいなこの美少女は。

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