そのはち

「……と、いうわけなのです」

「なんで最初に誰も自分が女王だって言わなかったの?????」

「……わざわざ名乗らずとも理解していると、思い込みを」

「五歳児の女の子なんだからさあ……しかも呼び出そうとして呼んだわけじゃないならさー……普通に理解してないんだろうなって思わない??」

 とか言っている土精女王だが、彼女は大昔自分と契約していた召喚者の息子に随分と長い間『なんでかうちにいるよくわかんない変な格好のねーちゃん』だと勘違いされていた経験があった。

 名乗らずとも自分が女王であることは明白、さあ幼き人の子よ、ほっぺむにむにさせろや、とかずっと偉ぶっていたのにその幼な子からは働きもしないでのんびりだらだらしてる親戚なのかどうかもよくわかんない変なねーちゃん扱いされていたのである。

 その事実を知った後、土精女王はしばらく寝込んだし以降はちゃんと自己紹介するようになった。

 ちなみに余談でしかないがその次の次の召喚者の幼い弟妹に『あたし土精女王だから、女王様だから敬って』と言い続けていたらいつのまにか女王を自称する姉の友人へんなひとだと認識されていたこともある。

 名乗るだけでも駄目なのか、というか自分はそんなにも女王っぽくないのかと沈み込んで当時の召喚者に泣きついたのは長く生きた土精女王の黒歴史の中でも二番目か三番目に酷い出来事だった。

「よく考えなくてもそうなのだけど……なんかもう自分達にとってはあまりにも当たり前のことだったから、あの子もわかってて当然かと思ってしまったのだわ……」

 水精女王は顔色を暗くさせてぽそりと呟いた。

「それで、今後どうするのか話し合ってたってわけ。あのアホマスターに自分達の正体を伝えるのか、それとも伝えずにいるのか」

「万が一力ある人間がマスターを疑った時、知っていて無理に誤魔化すよりも全く知らない方がまだ安全なのでは、と思いまして……うちのマスターは嘘があまり得意ではないので」

「嘘を見抜く能力を持つ人間もいるし。知らない方が安全だと思うのだわ……けど、なんというかこう……」

「はあ〜……なるほど……まあ確かにただの上級精霊だと思われるのもちょっとアレなのはわかる……けど一個いい? 話を変えることになってヒジョーに申し訳ないけど……あたし達はどうなるの???」

 エア達は土精女王から思いっきり目を逸らした。

「ひどい!! アンタら全員あたしらを見捨てるつもりだな!! 現状人間のお偉いさんが呼べるのってあたしかダーリンのどっちかだけじゃん!! そんなの酷使されるに決まってんじゃん勘弁してよ!!」

「わかっています、わかっているのですが……もしマスターがあなたとまで契約してしまったら、それこそ前代未聞のことになってしまう」

「そもそも火のまで契約してしまった時点で前代未聞なのだわ……今まで精霊の王を二人従えられた人間だって遠い昔に三人だけしかいないのに……もし人間達に知られたら、どうなるか……」

「こういっちゃ悪いけど、あんた一人で頑張りなさいよ」

「ひっどーーい!! 外道!! 外道がここにいる! しかも三人も!! やだやだやだああああ!! なんとかしてよおおおおおおおおおぉぉおおお!!」

「泣くな喚くなガキじゃないんだから」

 しかし土精女王は子供のように泣き叫び、喚き散らした。

 他の三人かその片割れが同じような目に合うならまだしも、他が安全圏でぬくぬく平穏に過ごしている中、自分達だけが酷い目に合わされるなど絶対に嫌だったのである。

 だからもう、土精女王は必死に泣き喚いて追いすがった。

 最終的に根負けした三人の女王に土精女王は、厄災により人間に召喚され酷使されそうな土の精霊の知り合いがいること、自分達のマスターならおそらくほぼ確実に召喚できるだろうから避難のために召喚してもらえないか掛け合うよう約束を取り付けた。

 代わりに土精女王はマスターが召喚を拒否したら諦めること、召喚を行なっても失敗した場合も潔く諦めること、自分達が女王であることは黙っていることを約束させられた。

 そして、エアに事情を話されたマスターはそういうことならまあいいか、とあまり深く考えずに土属性の召喚を決行した。

 そしてその日のうちに四大属性全ての王と契約を交わした前代未聞のマスターが爆誕したのであった。


「うわああああああん!! ありがと!! 呼んでくれてありがとねえええええええぇぇええ!! ほんと、まじでありがと!! これでしばらく人間に怯えずに平和に生きられるよおおおおおおおぉぉぉぉお!!」

「う、うん……どういたしまして……?」

 全ての属性の王を従えるという偉業を成し遂げたマスターは、自分がとんでもないことをやらかしている自覚を一切持っていなかったが故に「大袈裟だなあ」と一人静かにドン引きしていた。

「ホントにホントに、ありがとね!! じゃあ、はりきって契約よろしく!!」

「わかった……」

 マスターはドン引きしつつも契約を行うことにした。

 例によっていつもの如く土精女王の長ったらしい名前を覚えられなかったため、その辺の枝を拾って地面に名前を書いて、それを読み上げる形で契約を行った。

「……と、いうわけで、契約は終わったけど、なんもなければ」

「あります!」

 片手をバシッと挙げた土精女王に詰め寄られたマスターは「おおう……」と後ろに後ずさった。

「この前そこのそいつに聞いたけど、マスターちゃん、うちの子のことを硬くてゴツゴツしてそうだ、っていったらしいじゃん?」

 そこのそいつと指差されたのは土精女王が何もやらかさないようにマスターのそばに控えていたエアのことだ。

「あー……うん、ちっちゃい頃にそんな話をした覚えがある」

「確かに、うちの子はゴツゴツとした堅牢で渋めの子が多い。確かに多いっちゃ多い。しかーし!! うちの子はそれだけじゃない、可愛かったり綺麗だったりふわふわだったりもちもちだったりプルプルだったりキラキラだったり、いろんな子がよりどりみどり!」

「う、うん……?」

 押しの強い土精女王にマスターは少し怯えたような顔でエアの顔をちらりと見たが、エアは無言で目を伏せた。

「だから今からうちの子のプレゼンを行いたいと思います!! どうかご清聴願います!!!」

「え……あ、うん……」

 マスターは土精女王の謎の剣幕に押されて、とりあえずその場で直立不動になった。

 そんな様子を見て、エアは大きく溜息をついて空を見上げた。

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うさぎとアザラシと猫が来ない 朝霧 @asagiri

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