そのなな
マスターがうっかり火精女王を召喚してか十年以上の時が流れた。
マスターはすくすくと健やかに、そしてしたたかに成長した。
人に頼りたくないと意地を張ることは何度もあったが、それでも本当に酷い時は
マスターがよく行く町の人々は善良な人間が多いようで、たびたび善意からマスターに町に住まないかと言ってくれていたようだが、マスターはやはり「森の方が性に合ってるから」と断っていたそうだ。
「人に頼りきりにならなくて済む、っていうのが一番の理由ではあるけど、せっかく母さんが残してくれた家だし、なんだかんだ言って離れ難いんだよね」
とも溢していたこともある。
マスターの生活は穏やかで平和だった。
だからこのまま何事もなくこのマスターは天寿を全うするのだろうとエアが呑気に思うようになった頃、事件が起こった。
厄災が発生したのである。
前回の厄災の発生からまだ五十年しか経っていないにも関わらずに起こった厄災に、人間達は混乱した。
そして、厄災の鎮静化のために各国で精霊の王を再び召喚しようという話が出始めたのである。
王達は全員怒り狂った、少し前にあんな暴挙を起こしたばかりだというのに、よくもまあ抜け抜けと、と。
しかし、土を除いた精霊の王はすでに契約がなされている、よってどれだけの力を持つものがどれだけの労力を注いでも、土以外の精霊の王以外はマスターが生きている限り絶対に召喚されない。
だからこそ、マスターの身をいかに守り切るかが土を除いた精霊の王達の課題だった。
多くの王を従える召喚者だと祭り上げられるだけならまだまし、最悪別の人間が王と契約できるようにと殺されても全くおかしくない。
だからエアは町で買ったと思しき大衆小説を読んでいるマスターの元に赴き、神妙な面構えで厄災が発生したこと、そして遠くないうちに精霊の王が召喚が試みられるであろうことを話した。
マスターは本を閉じ、二人分のハーブティーを入れながら非常に呑気な顔でこうのたまった。
「あー、この前町に降りた時にそんな噂聞いた。でも海を隔てた遠くの国の話だからこの辺は大丈夫だと思うけどなあ……とはいっても本当に危なくなったら引っ越さなきゃか……」
流石に呑気すぎやしないか、とエアは呆れたがマスターの次の言葉に愕然とすることになる。
「そういやエアって上級精霊じゃん、それで結構強いじゃん? もしかして王様に会ったことってあったりする?」
「……はい?」
会ったことがあるもなにもエアがその王である。
なにを言っているんだマスターは、と思ったエアは恐ろしいことに気付いて戦慄した。
まさかこのマスター、自分、というか自分達が王であることを知らないのでは?
そんな馬鹿なと笑い飛ばしたかったが、このマスターなら十分ありえる。
なんせうさぎを呼ぼうとして失敗してエアを呼んだようなとんでもない人間である。その上、子供の頃から世捨て人のような生活をしていたので世間知らずである。
ついでに言ってしまうとおそらくマスターはエア達の真名を覚えていない。
もともとの記憶力が残念なものである上に、小さな子供の頃に数回口にしたエア達の長ったらしい真名を、このマスターが覚えているとは到底思えない。
なんなら言った直後に忘れているだろう、そもそもエアがエアと呼ばれているのもマスターから『名前長すぎるからエアでいい?』と言われたのを了承したからである。
そして何より、エアはこのマスターに自分が女王であることを明言していない。
何故ならそれはエアにとって、そしてエアを呼び出すような召喚者にとってはあまりにも当たり前の話であるからだ。
そして他の女王達もそれは同様だ。
エアは内心冷や汗をかきながら話を誤魔化して、早々に切り上げて精霊界に帰った。
そして即座に水精女王と火精女王を招集した。
「マスターは、私達が女王だということを知りません」
「あ……ああ〜……あの子ならうん……うん」
「はあ? 馬鹿な冗談はやめてちょうだ……いえ、あれならあり得るわね」
そうして全員で頭を抱えてうんうん唸っているところで、土精女王が乱入してきたのであった。
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