そのご
その日、なんの予兆も知らせもなく唐突に召喚された火精女王はかなり苛立った状態で人間界に降り立った。
厄災の気配もなく、人間界には自分達王を呼び出す理由など存在しない。
それであるにも関わらずに行われた召喚、どこかの国の暴挙か何かか、また自分達を酷使する気か、と激怒していた。
火精女王は精霊の王の中でも最も苛烈で、気性が荒い。
苛烈や憤怒をそのまま精霊の形に押し込めた存在、などとまで言われていた時期もある。
そんな彼女は呼び出した人間の態度によっては本契約を行う前にたとえどんな罰を受けることになろうとも、召喚者を焼き殺してしまおうとすら思っていた。
「性懲りもなく我らを呼び出すとは、人間とはなんと業のふか……」
苛立ちを隠すこともせずに言ってみるが、誰もいない。
どういうことだと視線を下に向けると、頭に『おいでませねこちゃん❤︎』と書かれた鉢巻を額に巻き、猫じゃらしを両手に装備した幼女の姿が見えた。
なんだこれ。
火精女王が周囲を見渡すと自分の足元には子供の落書きのようなチンケで小さい召喚陣が、まさかこんなチンケなもので呼ばれたのか? と思った火精女王の目にさらに意味がわからないものが目に入る。
召喚陣の周囲に小魚となにかよくわからない草がびっちりと囲むように配置してあるのである。
意味がわからない。
困惑しつつも召喚者であるらしき幼女に視線をやると、視線がばちりとあった。
直後、幼女の両目からだばっと涙が溢れ出す。
続いて大声で泣き始めた、この世の終わりに立ち会ったような絶望感が込められた、それはそれは悲しげな泣き声だった。
「うそつき!! うそつき!!!! だいじょうぶだっていった!! だいじょうぶだっていったあああああああ!!! あ゛あああああああああ!! エアのばかああああああああああぁぁあ!!!」
「何事ですかマスター!!」
幼女が泣いていると幼女の付近に火精女王と同等の強大な魔力の気配が。
現れたのは火精女王と同じく女王の位につく風の精霊だった。
遡ること数日、実はこんな出来事があった。
「火属性の召喚、ですか」
珍しくマスターから呼び出されたエアはなんとびっくり、彼女から相談を受けていた。
「うん。もうすぐ冬じゃん? だからこの可愛らしくふわふわでぬくぬくな猫ちゃんを是非ともお呼びしたいのだけど……ほら、その私ってなんかすごいのばっかり呼び出すじゃん? またエアとかディーネみたいなひとが来ちゃうかもしれないからさ……」
マスターが指差す先にはマスターが町で買ってきたらしい雑誌の1ページ、そこには橙色の猫の小精霊の絵が描かれている。
「ふむ……なるほど。だから私に相談を……」
「うん。エア的にはどう思う? 火属性の召喚したら、私またすごいのを呼んじゃうかな? もしそうなら諦めるから……」
猫の絵を撫でるように触るマスターに、エアはふむと考える。
「……おそらくですが、問題ないかと」
「そなの?」
「ええ。マスターは四大属性についてどこまで理解していますか?」
「風と水と火と土があって……あと風と土、水と火の相性が悪いってことくらいしか……」
「そこまで理解できているのであれば十分です。精霊は基本的に一つの属性の魔力を持って生まれますが、人間は基本的に全ての属性の魔力を持って生まれます……しかしまともに使いこなせる属性は多くても二つだけ。そして水と火、風と土のように互いに相性の悪い属性をどちらも使いこなせる人間は滅多にいないのです」
「なるほど……」
「ええ。あなたは人間であるため全ての属性の魔力を持っていますが、おそらく風と水の魔力を扱う才能が異常に高いのでしょう……そして、だからこそ火と土の才能はないはずです」
遠い昔、マスターのように精霊の王を二人従えた人間が存在したが、その時彼女が契約できたのは火と土の王だけだった。
そしてその彼女には風と水の属性を扱う才能はほぼなく、どれだけ頑張っても呼べたのは小精霊だけだった。
だからマスターも同じだろうとエアは微笑んだ。
「なので大丈夫でしょう。猫以外の小精霊も存在するのでそちらが呼ばれるかもしれませんが、私のような存在が呼ばれることはまずあり得ません」
その後、エアに背を押されたマスターは少しでも猫を呼べる確率を増やそうと『お供物』を用意した。
猫が好きそうな小魚やまたたび、猫じゃらしなんかを用意して、夜鍋して鉢巻きまで作った。
そうして意気揚々と召喚を行った彼女の前に現れたのは猫でもなければ小精霊ですらない精霊の王の片割れ。
しかも苛烈を精霊の形に押し込めたような炎の女王である。
猫ちゃんが来ると思っていたのに、実際にやってきたのは敵意どころか殺意剥き出しのそんなやべぇのだったのである。
つい最近、やっと六歳の誕生日を迎えたばかりのマスターは恐ろしさと期待を裏切られたショックでギャン泣きした。
エアはわんわん泣くマスターと、そんなマスターの前で困惑しきっている火精女王の顔を見て、即座に状況を悟った。
マスターがまたやらかしたのである、というか大丈夫だと背を押したのはエアなので今回はエアが戦犯である。
「何故貴殿がマスターに召喚されているのです!!?」
エアは即座に泣き続けるマスターの身体を抱えて自分の後ろに下がらせた、火精女王はとても気性の荒い乱暴者だ、召喚者としては最高峰の才能を持つがただそれだけの幼児であるマスターなど、一瞬で消炭に変えてしまうだろう恐れがある。
「おま……おまえこそ……というか、いったいなんなのよ……まさかおまえもそのちっこいにんげんに……?」
「そうですよ!! 何故あなたまで呼ばれているのですか!!? ……マスター、マスターごめんなさい。私はあなたの才能を見誤っていたようです」
「うぞづぎ!! エアのうぞづぎいい!!!!」
マスター、大号泣である。
しかも地団駄まで踏んでいる。
エアが問い詰めた時だってここまで火がついたように泣き叫びはしなかった。
エアがおろおろとしていたら新たな気配が。
「な、なにごとなのかしら!!? ハッ!? 火の、なぜあなたがここに!!?」
騒ぎを感じ取ったらしき水精女王が顕現したのである。
彼女は咄嗟にわあわあ泣くマスターと火精女王の間に割って入った、水精女王も火精女王の気性の荒さをよく理解していたのだ。
火精女王は瞠目した。
「な、何者なのよその子供は!! わたしだけでなくお前たちまで……!!? 意味わかんないんだけど!!?」
「あ、ありえないのだわ!! 水と風だけでなく火まで……それじゃあまさか土も!!?」
「わああああああああああん!! ねこちゃん!! ねこちゃんもきてくれないぃぃぃぃいい!!」
「ま、マスター、ごめんなさい……ごめんなさい……」
狂騒はマスターが泣き疲れ、火精女王が衝撃から辛うじて立ち直るまで続いた。
「ないちゃってごめんなさい……」
ぐずぐずと鼻をすすりながらマスターはしょんぼりとした様子でそう謝った。
いくら期待外れだったとはいえ、自分で呼び出しておいて勝手にギャン泣きするとか迷惑にも程があるだろうとマスターは思っていた。
「い、いえ……わたしもわるかったわ」
怖がらせるような言動をした自覚はあったので火精女王も珍しく消沈していた。
火精女王は以前の戦争で人間のことが大嫌いになっていたが、それでもかつて慕ってくれた人間が沢山いたので嫌いきれてはいなかった。
それと昔、自分にものすごくよくしてくれた召喚者の孫娘に頼まれて焼き芋をした時に、滅茶苦茶自信満々だったくせにうっかり火加減を間違えて芋をボロボロの墨に変えてしまい『役立たず』と盛大に泣かれた時のトラウマを思い出していた。
「……それで、どうするのかしら? 契約、するの?」
水精女王の言葉にマスターは小さく唸り、火精女王はどんよりとした様子で考え込んだが、火精女王としては契約者が無害で敵意のない子供であることになんのデメリットもなかったので、結局契約した。
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