桜の花びら

月の夢

怖がりだった花びら

 公園の広場にある桜の木々は、今年もたくさんの花を咲かせて、誇らしげに立っています。

何枚もの花びらが風に乗って流れていく様子は、人々の心を穏やかにしていきます。


 まだ木に残っている花びらのうち一枚は、散ることをおそれていました。

「どうしてみんな、そんなに潔く飛べるのかな……」

怖がりな花びらが言うと、今まさに飛び立とうとしていた花びらが気付き、言いました。

「下でいろんな人が喜んでる顔を見ながら、散りたいなと思ったんだよ。ほら、君も行こうよ。」

そしてすぐに、その花びらは風に乗ってふわっと降りていきました。

怖がりな花びらは着いて行けずに、まだ残っています。

「飛ぶタイミングは、本当に行きたいと思った時でいいんだよ。大丈夫、君が散るときはボクも一緒にいる。」

そう言ってくれたのは、怖がりな花びらの真後ろにいる花びらです。この花が咲いたとき、まるで寄り添うように、二枚重なった形で開いたのでした。

怖がりな花びらは、少し心強くなりました。

「ありがとう。まだ勇気が出ないの。もう少しここにいようかな。」

真後ろの花びらは、それもいいね、と答えてくれました。


 太陽が真上にのぼりました。怖がりな花びらは見下ろすと、木陰にたくさんの人が集まってきているのが見えました。大きな人は、こちらを見上げて微笑み、小さな人は、散った花びらたちを両手に乗せ、それに息を吹きかけてまた飛ばしています。花びらも喜んでいるように見えます。真後ろの花びらは呟きました。

「人は、ボクたちとよく似ている。」

「似ているの?」

「うん。彼らも、いつかはボクたちと同じように散り散りになって、跡形もなく消える日が来る。」

怖がりな花びらは、信じられない思いでした。

「人は、あんなに元気に動き回る力を持ってるから、ずっと生きていけるように思ってた……」

「本当に元気だけれど、その奥にある彼らの命は、やわらかくてちいさい。きっとこの桜の木よりはかないよ。だからこそ、桜が散るのを見るのかもしれないね。」

怖がりな花びらは、それまで何度も目にしていながら、全くちがう存在だと思っていた人間を、近くに感じました。

「私たちと、それほどかわらない存在だったのね。」

怖がりな花びらは、より集中して、近くにやってくる人を眺めて過ごしました。木陰で目を閉じて、深呼吸している人、見上げてこちらに手を伸ばす人、木に抱きついている人。彼らは、あとどのくらいこの桜を見るのだろう。


 夜になり、もう誰も人がいなくなったころ、昼とはちがった風が吹き始めました。その強さはだんだん大きくなっていきます。

「どうしよう、もう飛ばされそう!」

怖がりな花びらは叫びます。

「大丈夫!この風に身を任せよう。」

真後ろの花びらは言い、怖がりな花びらを落ち着かせました。


 とうとう、二枚の花びらは風の強さに乗り、ついに桜の木から飛び立ちました。

気が付くと怖がりな花びらは、空中の高いところを飛んでいました。

「ほら、風に流されると気持ちいいだろう。」

真後ろの花びらが、まだ寄り添ってくれていました。

「よかった。まだいてくれたのね。あんなに怖かったのに、今はなんだか安心してるの。もうすぐ消えてしまうのかもしれないのに、不思議ね。」

「そういうものだよ。もう少し、今を味わってからいこうか。」

二枚の花びらはそのあとも、風に乗り、落ちそうになったらまたちがう風に乗り、少しの間旅をしました。


 もう風が止んでしまうころ、真夜中に一人で歩いている人を見つけました。

二枚の花びらは、最後はその人のもとに舞い降りようと決めました。

頬のあたりまで近くに寄ると、そこに流れていた涙に、ぴたりとくっつきました。

その人はおどろいて、頬について濡れた二枚の花びらを手にとりました。そして、そっと手で包み込みました。

少し心が軽くなったその人は、花びらを手に乗せ息を吹きかけると、ふわっとその場に落ちていきました。

花びらは人知れず、二枚一緒に消えていきました。



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桜の花びら 月の夢 @thukiniyume

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