8 一人、恥ずかしいバス
「北海道行きの皆さん‼そろそろ出発します‼ご乗車お願いします‼」
「は~い、京都行きの皆さん、そろそろ出発致しますのでご乗車くださ~い。」
色々なところで、同じような声が飛び交う。
今の時刻は、8:10。
私と蒼也、坂木さんと井下、そして知らない間に(それ怖いッ)一緒になってたらしい昭登と、問題児の創吾、希美花、心遥は、同時に顔を見合わせて、同時に頷き、同時に駆け出す。
「はい、ど~ぞ~。」
この運転手さん、なんか気まぐれ~みたいな感じだな。
一応、
「よろしくお願いします」
って言っといた。
バスは、もう知ってたけど、やっぱ聞くと見るとじゃ大違い。
百聞は一見に如かず、ってこういうことだね。
外見もすごくちゃんと塗られたり、余白が全然無いくらい柄が書かれてたり。
中に入ってみたら椅子もめちゃくちゃ高級そうで、触るだけでふかふかする。
これ、一台何円かかってんだろ。
しかもそれに32人しか乗らないんだよ?席は合計で114、補助席込みで171なんだよ、たったの32人しか乗らないのに、感染症もないのになんでそんなバス頼むの?
まあ、私立だからってのもあるんだろうけど。
私と蒼也は、二階の(一階と一緒に数えて)63列目の右側。
そこの左側が坂木さんと井下。
64列目には、右側が、窓側の私の後ろが心遥、通路側の蒼也の後ろが昭登。
左側には、窓側の坂木さんの後ろが希美花、通路側の井下の後ろが創吾、みたいな感じ。
四組や先生は、もっと後ろのほうに乗ってるけど。
私たちは、同時に席に座った。
ブーン…
教頭先生が送ってくれる中、私たちが乗ったバスは、それぞれの方向に向かって出発した。
北海道はまずバスで海白(うみしろ)空港。そこから飛行機で鋼矗(こうちく)空港に行くらしい。
大阪は、そのまま私たちと同じ方向に、高速道路に向かって走ってる。
淡路島は、バスで行って、兵庫県に着いたら、南の海岸まで行って、バスに乗ったままフェリー。楽しそうだなぁ。
沖縄は、海白空港にバスで行き、そこから総観(そうみ)空港なんだって。
私はスケッチブックを忍ばせておいた。
なんか、下手な絵が描きたくなってさ。
そしたら、私の持ったスケッチブックと、鉛筆、色鉛筆を蒼也が取り上げ、勝手に書き始める。
大声を出しそうになったけど、後ろに先生たちもいるし、他の人もいるしと思い直して、出す寸前に喉の奥に押しとどめた。
「…ちょっと、勝手に使わないでよ」
「…結局描かないんだろ」
「いや描くよ」
「…嘘つき」
嘘つきじゃありませんけど‼
大声を出しそうになったけど、またもや思い直して、喉の奥に押しとどめた。
「…なんでいっつもきみは、そういう風にすぐに決めつけるのかなあ?」
「知らねえよ。というか決めつけてねえよ。ホントのこと言ってるだけだから」
「じゃあ証拠あるんですかぁ?」
ついそんな言い方をしちゃった。
あ。
こんな感じで言ったら、もっと蒼也に嫌われちゃう。
「そういう言い方する奴、オレは嫌いだ」
小声だから分かんないけど、今めちゃくちゃ怒ってるんだろうな。
ごめんなさい。
言いたいのに言えない。
素直に言えない自分が、大嫌いだった。
バスが出発して、何分か経ち、高速道路に乗り始めた。
私は無言で蒼也にスケッチブックを返され、やっとのこと、私も色々と書くことができるようになった頃、横を見ると、蒼也が目を閉じていた。
おいおい、せっかくの旅行なのに寝るなよ。
やっぱりこのバスは高級車だから、全然ガタガタいわない。
だから、周りの音とかがよく聞こえる。
すう…、すう…。
隣の蒼也の寝息が、やけに近くに聞こえるような気がする。
ふわぁ~あ。
と、あくびをしそうになったのを、なんとか押し殺した。
…なんか、めっちゃ眠い。
今日、張り切りすぎて三時に起きたから。
さっきまでは楽しかったのか、全然眠気なんて来なかったのに。
私はスケッチブックと鉛筆と色鉛筆をしまって、寝よっかなって思った。
体力補給しないと、ホテル着いて荷物置いて、部屋のベッドに試しに寝っ転がってみたら、一秒で寝ると思うくらいの眠気だから。
と、思っていたその時。
…あっ。
…ううううう。
何が起きたかって?
…蒼也の頭が、私の肩に乗った。
体ごと預けられて、初めて蒼也の重みを感じられた。
なんか、嬉しかった。
そして、マジで恥ずかしかった。
いやだって、…なんでもない。
うう、こんなことされて眠気吹っ飛んじゃったよ。
…と、普通は言うところだけど、今の私は、そうじゃない。
だって、五時間前に起きたんだもん。
流石にこんなことされても眠いよ。
蒼也の頭の暖かさと、イケメンで幼気な寝顔と、蒼也の重みと、恥ずかしさと、私しか知らない嬉しさを感じていると。
上瞼と下瞼が、磁石のようにくっつき、頭が自然と誰かの肩に乗ったような気がした。
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