2両目

平日の終電の車内は人影もまばらで、心地良い揺れが酔った体をストンと眠りに落とした

普段からどうせ終点までだから大丈夫と駅員に起こされるまで熟睡してしまうのが常なのだが、今日目が覚めた時に聞こえたのは途中駅の名だった


もう少し寝られるなと再び揺れに身を任せていると、前方にふっと何かの気配を感じた

気のせいだろうと思いながらも皮膚に当たる圧迫感の様な感覚に俯いたまま薄く目を開ける

まだぼんやりとしている視界の中、四本の足が見えた

赤いハイヒールと黒い革靴

どうやら目の前に誰か居るらしく、その違和感で目が覚めてしまったようだ

足だけでも多分抱き合っていると想像がつく距離感と靴の角度。その上、このガラガラの車内で何故かわざわざここに立ってる

寝ぼけたままでも流石にちょっとイラッとしたが、面倒事を避ける為取り敢えず相手は見ずに少し横に移動して席を空けた

しかし、座る気配も動く様子もない

二人で何か言っているようなのだが、それも聞き取れない

電車の音に紛れるそのくぐもった声は、どこかで聞いた事のある音に似ている気がした


酔っぱらいなのか

もしかするとわざと見せつけたいのか

それならば顔でも確かめてやろうかと視線を上げようとした時、黒い窓に相手の姿が映っているのが見えた

同時に音の正体も分かる


再び目を伏せ、座ったまま横に移動してからなるべくゆっくりと立ち上がり、隣の車両に移動する

慎重に閉めたドアの取っ手を握りしめながら相手がついてこない事だけは視界の隅で確認した


……黒い窓に映る二人には頭が無かった

声の代わりに赤い液体を吹き上げる咽がゴポゴポと、詰まった排水口の様な音を発てていた


それ以来、終電には乗っていない

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