電車の怪
清江
1両目
同じ時間同じ号車に乗り込むいつもの通勤電車
ほぼ定位置になっているつり革に今日も手を伸ばした時、音が聞こえた
まただ
漏れる耳障りな、あの音
そちらに目をやると、ドア付近に立つ男が今日も音の発生源だった
ほんの数駅の事なので誰も何も言わないが、スマホを虚ろな目で眺めている男のゴツいヘッドホンから、毎朝耳は平気なのかと余計な心配をしたくなる音量が漏れている
今日は珍しく連れも居た
少し背の低い女が男の背中側に立ち、前方に手を回しながら左肩に張り付くように顔を寄せたままベッタリくっついて動かない
明らかに朝から場違いな景色に周囲の人間はそこを避けて遠巻きに立っていた
まあ今日は特に近寄りたくはないなと思った時、風に煽られたのか電車がガクンと強めに横に揺れた
その揺れに男の肩に勢い良く顔をぶつけた女は、一瞬頭をぐわんと後ろに反らしてから再び男にもたれ掛かるように顔を寄せる
大丈夫なのかと誰もが思う勢いだったが男は何の反応もせず、全く手元から視線を動かさなかった
まるで全く何事もなかったかの様に
その様子への違和感が同時に異様な光景に気付かせる
背の少し低い女の体は男の後ろにあり、両腕が相手を脇から抱えるように垂れ下がっている
しかし、頭は男の肩に乗り
その上
顔が……真上を向いていた
明らかに長さのおかしい一定しない太さの首につながった頭が、男の肩の上で不安定にぐらぐら揺れている
直視は出来ない
しかし、目も離せない
現実かどうか分からないままただ息を飲んでいると、揺れに任せて女の頭が男の左胸に逆さまにズルッと垂れ下がった
少し離れた所でヒイッと小さな悲鳴が幾つか上がる
その瞬間
女が半分飛び出した目玉を見開き、ギョロリと車内を見回した
電車の走行音だけを残して車内は静まり返り、明らかに空気が張りつめる
一人を除いて、皆、気付いていた
何が起きてるのか分からないまま、見つからないように息を殺していた
女は暫くギョロギョロと目玉を動かした後、ゆっくりと首の皮膚にねじれを刻みながら頭を動かした
そのまま視線を男の遮られた耳元に向けて、潰れ、かすれた声を吐き出す
「うるさいのに、何で、あんたは、怒られないの」
ザラついた声の振動に女の皮膚がじわりと血を滲ませる
「何で、あたしだけ怒られたの」
聞こえていない相手への言葉に不安定な首がガクガクと動く
「何で、あたしだけ、コウナッタノ」
顔を真っ赤に染めながら抑揚の無い声が延々と繰り返される
「何で、アタシだけ。何デ、あたしダケ」
次第に大きくなる声
雑音のような声
逃げ場の無い空間で、身体を強張らせるしかない人間達への助けの様に、突然ドアが開いた
女は雑音を吐き出しながら、男の背にべたりと張り付き、手元を見たままの人間に憑いて降りて行った
それからあの男は見ていない
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