短編

天使と悪魔と解釈違い

 「皆さんおはようございます」


 いわく、うちのクラスには天使がいる。


「おはようございます。後ろ通るので席を引いてください」

「……あぁ」


 はずなんだがな。非常に残念ながら、俺はお目に掛かる機会に恵まれた事はない。

 ……冗談はともかく。

 恐ろしく整った出立いでたちの彼女が折目おりめ正しくしている様は、それだけでも天使と比喩されるにあたいするだけの美しさを誇っていると思う。

 お手本を通り越してつくり物めいた様に感じるのは、彼女の人間らしさに触れたことがないからだろうか。元に今も普通に……と言うよりははばを取っていたが、自分の席に座っている所にわざわざ歩いて来た上で「邪魔」と言われたのだ。

 そんなことを考えていると、見知った顔がヘラヘラと近づいて来た。


「よ、相変あいかわらずお前のまわりには人が少ねえな。天使の逆。まるで悪魔」

「まず顔がうるさい」

「ひでぇ」


 悪魔、というのはこいつが二人だけの時にふざけてする呼び方である。多分、天使との対極たいきょくとしての言葉選びだろう。

 目つきの悪さ、仏頂面ぶっちょうずら無愛想ぶあいそう。そのせいで避けられがちなのだとは以前こいつに言われた事だが、それをなんとかしようとするだけの気力を生み出せずにいる。そのせいで俺の周りは常に人が少ない。近寄ちかよることに躊躇ちゅうちょしないのは今目の前にいる友人と、例の他称たしょう天使だけだ。

 毎朝欠かさずこいつが悪魔いじりをしてくるのは、いい加減どうにかしろと言われているのかも知れない。そこまでのバイタリティがないので、今日も現状維持で過ごす。

 喧嘩けんか騒ぎをしたことは無い。

 悪い噂を流された事も……多分無い。情報網が足りて無いだけかも知れないが。

 避けられている事を気にする性格でも無いし、直接的な嫌がらせを受けた事があるわけでも無い。

 ありがたい……というか字面じづら通りでがたい事に、目的はそれぞれだが話し掛けてくる人も少しばかりいる。

 こころざしが低いのかも知れないが、これだけ学校生活に必要なものがそろっていれば余計に行動するのが面倒に思える。……以前この話をした時には苦笑されたが。


「それにしても、天使様は今日もマジ天使だよなー」


 彼女自身の人気度の事か、俺に対する行動の事か。きっと両方だろう。


「あまり気にしたことなかったが何故なぜに『天使』と呼ばれるようになったのか、具体的な理由とかあるのか?」

「笑顔やさず、皆に優しく、清く正しく美しく」

「……なんだそれ」

「今、適当に考えた標語。でも、多分そんな所だろ」


 気がついた頃には定着していたから聞いてみたが、アイドルのキャッチコピーのようなものが返ってきた。俺の事を無愛想と言うが、人当たりの良さに反してじつはこいつも根は冷めた性格なのかも知れない。

 ちょっと試してみるか。


「常に笑顔って、笑ってないのと同義どうぎだと思わないか?」

「……場合によっては本当に悪魔あつかいされるから気をつけろよ」


 そう言いつつも顔には苦笑を浮かべている辺り、思う所があるのかも知れない。


「お前本当、そのひねくれた性格と無愛想さえなんとかなればモテるんだろうけどなぁ……」

「つまり今のところ、俺がモテる目処めどは立たないってわけだ」


 学校の成績は天使にいで二位。体格の良さもあって運動も苦手ではない。校則を破るどころか制服を着崩きくずす事もない。授業を休んだ事もなく、授業態度も良いはず。

 問題なく優等生と言え、高校生の範疇はんちゅうで言えば優良物件だろう。それを打ち消してあまりある目つきと愛想の悪さをそなえている、とも言えるが。

 モテるのは教師に対してのみである。もちろん、一生徒として。


「まぁ、お前か男ばん天使になったらびっくりだけどな」

「それだとただの下位互換ごかんだろ」


 それらを上回うわまわった上で美人で人当たりが良い。それがぼう天使である。


   ◇


 いつも通り無難ぶなんに授業を受け、教員の手伝いをこなした。相変あいかわらず教師にモテる。

 そうして放課後。学校全体での一斉委員会があったのだがほとんどする事もなく、それもあっという間に終わってしまった。

 そんなわけで、今日もまだ明るい時間に帰れそうである。

 ちなみに例の天使は同じ委員会なのだが、解散と同時に教室から出て行った。姿勢の良さもあって優雅ゆうがではあったが、何処どことなくあわただしくも見えた気がする。

 長居ながいしてもいい事はないのでさっさと帰るべく教室を後にしたのだが、下駄箱を開いた段階で固まる。


「……俺宛てかよ」


 淡い暖色系のお洒落な封筒は何処となくラブレターの雰囲気をただよわせており、何も疑う事なく入れ間違いだと思ったものだが、しっかりとて名がしるしてあった。


「……俺に対してよりは、差し出し人に対してかな。あとは罰ゲームとかか」


 つい、独り言がれてしまう。

 俺の扱いはいじめや疎外そがいの対象というよりは恐怖の象徴しょうちょうに近いものがあると考えている。なら俺に対する嫌がらせというよりも、周囲の圧力で手紙を出す事になったという可能性の方が高そうに思える。

 そう結論けるも、中身を確認しない事には進まない。

 とりあえず中身を確認しよう。

 折りたたまれた紙を開くと、封筒ふうとうと同じく可愛らしくも上品な紙に、必要最低限の事だけ書いてあった。


ーー今日の午後5時15分。東棟屋上にてお待ちしてます。ーー


 時間、場所。

 それ以外の、目的や名前といった情報は一切なかった。文章も普通の敬語で誤字があるわけでもなく、人物像というものは浮かび上がってこない。強いて言うなら、字は綺麗だという事は分かった。

 不可解ふかかいな点があるとすれば、時間が少々中途半端といった所だろうか。少し前に五時を過ぎた所で、今からゆっくり歩けば丁度ちょうど良いくらいである。

 ……まぁ、本人に聞けば良いか。


 下駄箱の前で悩んでいても邪魔になるだけなのでさっさとその場を立ち去る。屋上の扉を前にしてスマホを取り出すと、録音アプリを起動する。


ねんのため、念のため」


 特に変わったことのない日常で終わるはずがここに来てイレギュラーが発生したため、どうしても警戒心がぬぐえなかった。

 声に出したのは、見ているはずのない誰かへの言いわけか。

 腕時計を取り出し、律儀りちぎに十五分になるまで扉の前で待機してからノブをひねる。


 突然明るくなった視界の中央で、風に髪をなびかせる天使の姿があった。


  ◇ ◇


 屋上に足を踏み入れて十分程度。

 俺は予想の斜め上の光景を目の当たりにしていた。

 ……あるいはある意味で斜め下か。

 

「で、もう一度言ってくれるか?」

「その目が、凄く興奮するんです」


 人によってはり付けたように見える上品な笑顔は何処へやら。本人の自白じはくした通りに興奮したような、天使の皮をかぶった何かがそこにいた。

 ……随分ずいぶんと変わった趣味なんだな


「なんだ、変な性癖かかえてただけだったか」

「せっ……! 仮にも自分のことを好きと言ってくれている女子に言うことじゃないですよ?!」


 やべ、驚きのあまり本音ほんね以上に本音が……


「すまん間違えた。随分と特殊な趣味だな」

「……改善する意思があまり見えないのですが」


 このままだとどうしようもないな。

 ひとまず状況を整理して落ち着くことにしよう。

 屋上には天使がいた。警戒しつつも近づくと、告白された。真意しんいを測りかねて取りえず理由をたずねると、返ってきた答えがこれ。

 天使のジト目を見た生徒は俺が初めてだろう。謎のカミングアウトのせいで呆気あっけに取られていたが、天使の人間らしさが垣間かいま見えた所にどこか安心感をいだいている自分がいた。

 

「よく変なからみ方してきたのは?」

「……最初はたまににらまれるだけで満足だったんです」

「……」


 小柄こがらな天使がうつむいて恥じらう姿は確かに可愛らしいのだが、発言のせいでどうにもぶち壊されてる気がする。

 それはさておき。目つきが好みだから付き合って欲しいというのは、何とは無しに違和感を覚える。

 天使は人気者の例に漏れずよく告白される。それはもう、話し相手の少ない俺の耳にも入るくらいには。その中には見た目に吸いせられただけの奴もいたはず。そんな数多あまたの男子を玉砕ぎょくさいさせてきた天使が、見た目だけで誰かを好きになるのだろうか。

 ……まぁ、目つきがどうしてもゆずれない点だったのかも知れないが。


「他人行儀でなく、不躾ぶしつけでもないのはあなたくらいなものです」


 いぶかしむような視線を感じたのか、不意に天使は口を開いた。だがどうにも要領をない。


「俺はどう考えても他人行儀だったと思うが」


 不躾だのというのは、欲望が前に出るタイプの思春期男子の事だろう。自分はそのタイプではないとは思うが、親しくもなかったはず。


「そういう意味ではなく、常に顔色をうかがわれるのは疲れるのですよ」

「あぁ、なるほど……」


 大袈裟おおげさな言い方をすれば、常識的な人には一歩引かれ、近づく奴らはほぼ変態。

 結構な地獄とも言えるな、これは。


「成績優秀、品行方正、口は悪いものの根は優しく、周囲に気をくばれる。その上働き者で、頼まれたら基本的に断れない」


 今度はなんだ、何かの標語か……?

 自然と眉をひそめてしまう。


「あなたのことですよ。客観的に見て目つき以外はモテる要素の多いあなたが、その目が好きという女子に好かれないと考える方が不自然なのでは?」


 そう言われるとそうなのかもしれないが、人に好かれたことがない俺にはよくわからない。


「天使の割にイケメンにむらがる女子達みたいなことを言うんだな。」

「私も女の子ですからね。倍率一倍なのでありがたい話です」


 モテなくて悪かったな。


「……ところで、一世一代の初告白をした私は、まだ返事を頂けていないのですが」

「え、再確認だけど、マジなんだよね?」


 いや、ここで聞き返すのは良くないって分かってはいる。いるんだが、どうにも踏ん切りが付かない。


「当然です。そのためにここまで回りくどい説明までしたのですから」


 まったく……とでも言いたげな表情はしていたが、不思議と不機嫌でもなさそうに感じた。普段と違いよく変わる表情は、普通の少女のそれだった。


「色々穿うがった見方をしてすまなかった。『天使』としては扱わないが、それで問題がなければこちらこそよろしく頼む」

「それでこそあなたですね。ありがとうございます。不束者ふつつかものですが、是非ぜひひとりの人間として、そして彼女として接してください」

「それでこそって、なんだそれ」

「こちらの話です」


 そう言った彼女は何がおかしいのか、くすくすと笑っていた。


   ◆


「はぁ……」


 体験そのものは多くとも、みずからするのは人生で初めての告白。

 そこで大成功をおさめた私は、どうやって帰ったのかも分からずに自室じしつのベッドに倒れ込んでいました。

 好きになった理由について、あっさり引き下がってくれて助かりました。私だって普通に彼を好きになったのですが、分岐点とも言えるきっかけはありました。そこまで掘り下げられたら恥ずかしくてえられそうにありません。


 枕に顔を埋めたまま床に手を伸ばして鞄をあさり、目的のものを取り出す。スマホの画面、連絡先一覧に並ぶ彼の名前にほほすさまじい勢いでゆるんでいくのを自覚する。


「えへ、えへへ」


 やばいです。他人には聞かせられない笑い声が口から漏れ始めました。極度の緊張状態にあったことで冷静になっている自分がいるにもかかわらず、頭の片隅かたすみに彼が思い浮かぶだけで表情筋の制御を全部持っていかれます。

 彼は今、同じくらい私のことを考えてくれているのでしょうか。目つきの悪い彼が枕に顔を埋めて赤面しながら恥ずかしそうに何かから目をらしている姿を思い浮かべて、思わず足をバタバタさせる。

 これは本格的にやばいですね。あまりにも浮かれていると、明日から学校でのキャラが崩壊してしまいます。


 もう手の届かない所からながめるだけではない。

 たまに声を掛けて私がいる事を無理矢理にでも意識させるだけでもない。

 これからは彼の彼女として隣に立つことができる。


 そう思うと緩んでいただけの頬が引き締まり、自然とスマホに手が伸びた。


ーー明日、登校前にお話ししませんかーー


 彼の横に並ぶために。






 余談ではあるがその頃、とある男子生徒は録音アプリを使い、その日あった事が夢ではない事と確かめていた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 定番とも言える美女と野獣スタイル。

 ○○に似てる! と言い始めたら候補が多すぎて絞れなさそうですね……


 短編集の最初に使うには地の文が多過ぎるのではないかと思ったものの、書きたかったのでこれにしました。

 短編が沢山積み重なる頃には、もっと上手く書けるようになることを期待して応援して頂けたら幸いです。

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