第2話:私よりよっぽど
子供部屋に大学生の女と小学生の少女が二人きり。方や前世が魔王。方や前世が勇者。
自分の前世が魔王だと知ったその日に、自分を殺した勇者の生まれ変わりの家庭教師になるって、どんな運命だ。神様が仕組んだのな悪戯がすぎる。
落ち着け私。彼女がミカエルだとしても、前世の記憶があるとは限らない。それに今の私は魔王ルシフェルではない。普通の女子大生明星光だ。
「あ、改めまして、明星光です。これからよろしくね。実華ちゃん」
挨拶をして、手を差し出す。実華ちゃんは私を睨んだまま、手を取ろうとしない。ただ単に人見知りだから警戒しているだけ。そう思いたい。
「えっと……実華ちゃん?」
「……思い出した」
「えっ」
「あんた、魔王だろ」
忘れたままで良いのに!
「い、いや、違います」
「いや、違わねえ。あんたの顔見た瞬間、全部思い出した。ちなみに、気付いてると思うけど、あたしはあんたを殺した勇者ミカエルだ」
「いやいや。知らない知らない。そんな人達知らない。実華ちゃん、それは多分思春期特有の厨二病っていう病気じゃないかな!?」
「チュウニビョウ? よくわかんないけど、あんたも前世の記憶あるんだろ?」
「いや、魔王ルシフェルとか知らないです」
「あたし、魔王の名前までは言ってないけど」
「ハッ……!」
「前世の記憶あるじゃん」
意地悪く鼻で笑う実華ちゃん。しまった。墓穴掘った。
「い、いや、無いです」
「……アリシアの居場所、私知ってるよ。知りたい?」
「な……なんでアリシアのことを……」
「あんたが共有したからだよ。見たくもねぇ記憶を」
そういえば、前世の最期、
「安心しろ。別に殺しはしない。前世のあんたにはともかく、今世のあんたにはなんの恨みもないからな」
実華ちゃんはそう言いながらソファにどかりと座り、脚を組み、頬杖をつき、意地悪く笑う。その表情といい、仕草といい、勇者というより魔王だ。私よりよっぽど魔王だ。
「アリシアは、私の同級生として転生してる」
「……その子がアリシアである確証は?」
「最近不思議な夢を見るってよく語ってたんだ。アリシアというお姫様が主人公の夢。アリシアはルシフェルっていう騎士に恋をするけど、王に反対されて、ルシフェルは国を追放される。ただの夢だと思って聞き流してたが、あんたが共有してくれた記憶と同じ内容だ」
魔王の恋人が、勇者の同級生に転生するなんて。しかし、それが本当なら、アリシアに会える。だけど、会えない。何故なら——
「実華ちゃんの同級生ってことは……」
「私と同じ十歳」
そう。アリシアの生まれ変わりがそんな彼女の同級生ということは、彼女も実華ちゃんと同じく小学生だ。対して私は最近成人したばかりの大人。歳の差十一歳。大人同士なら問題はないかもしれないが、二十一歳と十歳だ。問題しかない。
「大人になるまで私が守っておいてやるよ。八年くらい、数百年に比べたら一瞬だろ」
「……大人になるまでと言わず、一生守ってあげてほしい」
「あ?」
「私は、多くの人を殺した。身勝手な理由で」
アリシアに会えないもう一つの問題は、私の犯した罪があまりにも重すぎるということ。ミカエルやアリシアのように、あの世界から転生した人がまだ居るとして、その中のほとんどがきっと、私を恨んでいる。今の私は騎士じゃない。魔法なんて使えない、ただの女子大学生だ。剣道をやっていたから、多少剣は使えるが、それくらいの力しかない。アリシアを守れるほどの力はない。
「心配しなくても、普通の人間は前世の記憶を取り戻すことなんてないよ」
「けど、私と君は前世を覚えてるじゃないか」
「あんたは魔王だから。普通の人間じゃない。あたしはあんたの魂を共有してるから」
「じゃあアリシアは? なんで前世に関する夢を見るの?」
「知らん。あんたの魂に共鳴したんじゃないか?」
「共有してないけど……愛の力だとでも?」
「あんたの異常な執着心が引き寄せたんだろ」
「……なるほど」
「まぁ、あんたが会いたがらなくても、アリシアはあんたがルシフェルだって知ったら自分から会いに来ると思うよ。そういう女だろ。あの人は」
確かにそうだ。彼女が私のことを諦めたことはなかった。『貴女を手に入れるためなら、肩書きも何もかも捨てたって構わない』とまで言う人だ。それを赤の他人に——それも、かつて敵対した人間に思い出させられるとは。
『アリシアと来世で再会できるように祈っておいてやるよ』
ふと、勇者ミカエルの最後の言葉が蘇る。実華ちゃんの言う通り、彼女の友人がアリシアの生まれ変わりだとしたら、今こうして私がアリシアと同じ世界にいるのは、ミカエルの祈りが届いたからなのだろうか。
「……仇のために祈るなんて、お人好しだよね」
「……なんの話だ」
「前世の君の話。ミカエルは最後にルシフェルにこう言ったんだ。『アリシアと来世で再会できるように祈っておいてやるよ』って」
「幻聴だろ」
「いいや、たしかに聞こえた。……ありがとうミカエル。それと……ごめん。謝っても許されるほど軽い罪ではないけれど——あいたっ!」
下げた頭を思い切り叩かれる。押さえながら上げると、彼女は私の方を見ないまま、独り言のように語る。
「……ルシフェルが滅ぼしたミカエルの故郷は、本当は、ミカエルにとってはどうでも良いものだった」
「えっ。あんなに怒ってたのに?」
「……怒っていた理由は村じゃない。親友が殺されたんだ。魔王ルシフェルを慕う邪教徒によって。村に居場所がなかった私にとって彼女は唯一の親友だった。けど、ある日突然ルシフェルの信者に攫われて、生贄として殺された」
「生贄なんて頂いた覚えないですけど」
「知ってる。けど、あんたの記憶の中に彼女が居たよ。攫らわれた男達に犯される彼女が。あんたは彼女を助けた。助けた彼女はあんたに頼んだ。殺してくれって。親に売られた自分には帰る家なんてないって」
言われてみれば、そんなことがあったような気がする。
「けど、結局殺したのは私じゃん」
「そうだな。けど……彼女は最後に言ったんだ『ありがとう』って。ルシフェルは、人々を絶望させるためにわざと残虐な殺し方をしていた。けど、彼女に対しては違った。苦しまないように逝かせた。彼女の最期の顔は、安らかだった。……そんな光景を見せられて、感情がぐちゃぐちゃになった。何も知らなければ純粋な憎しみだけを向けられたのに、ほんっとクソ」
ぽろりと溢れた涙を拭って、彼女は机の上にプリントを広げて問題を解き始める。かける言葉が見当たらずに黙ってしまうが、彼女は問題を解きながらこう続けた。
「せっかく人間に生まれたんだ。もう二度と魔王になんてなるなよ。もう次は
「……うん。ありがとう。ただの一人の人間として、明星光として、君がくれた二度目の人生を全うするよ」
「……まぁ、あんたは社会的な死が決まってるんだけどな。ロリコン」
「ま、まだ手出してません!」
「手出すつもりなんじゃん」
「出さないよ! 小学生には!」
「どうだか。あんた、めちゃくちゃ性欲が強——「前世の私でも幼いアリシアには手出してないから!!」手は出してないけど想像で「あー!!」
ルシフェルがミカエルと共有したのは記憶だけではない。当時の感情や思考まで、全てだ。墓場まで持って行くような秘密——つまり、恋人であるアリシアさえ知らないことまで、ミカエルに共有してしまった。なんてことをしてくれたんだ前世の私と頭を抱える。すると実華ちゃんは楽しそうに、勇者らしからぬ邪悪な笑みを浮かべながら言った。「自業自得だ魔王め」と。その邪悪すぎる笑顔は私よりよっぽど魔王に相応しいような顔だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます