現代

第1話:来世で再会したのは

 毎年、誕生日になると不思議な夢を見る。

 最初は、人より少し魔法が得意なだけの女性が、幼い頃に読んだ絵本をきっかけに騎士を目指す夢だった。一年に一度、その夢の続きが夢の中で描かれる。夢が続いていることに気づいた頃から私は、その夢だけを日記に綴っている。


 大人になり、夢を叶えて騎士になった女性は城の姫と恋に落ちる。しかし、国王はそれを許さず、女性を国から通報した。そして姫は、隣国の王子と政略結婚させられる。

 数年後、騎士は旅先で一人の女性を助ける。それは、王子の元から逃げ出した姫だった。夢はいつだって騎士の女性の視点で描かれるため、姫が王子からどんな扱いを受けていたのか詳しくは知らない。姫曰く、奴隷のように扱われていたらしい。

 姫と再会した騎士は、姫を自分が住んでいる村に匿う。しかし、村人の一人が国に通報した。それにいち早く気づいた騎士は姫を連れて村を出て、近くの国を目指した。そこで二人は、村が大変なことになっていることを知る。罪悪感に苛まれながらも、二人は逃避行を続けた。しかしある日、宿屋の店主に騙され、ついに捕まってしまい、姫は処刑されることになってしまった。

 牢を壊し、処刑台の前にいた姫を助け出した騎士だが、国の魔法使いに姫を殺されてしまう。絶望に飲まれた騎士は魔力を暴走させてしまい、我に返った頃には辺り一帯は焼け野原になり、人は一人も残って居なかった。

 自分のしたことの罪悪感に苛まれた騎士は、自殺しようとする。しかし、騎士の体はもう人のものではなくなっていた。剣で身体を貫いても、首を吊っても、どれだけ時が経っても死ぬことは出来ず絶望した騎士は、自分のように魔力を覚醒させ人ではなくなった人間なら自分を殺せるのではないかと考えた。そのために人々を絶望に追い込むために、虐殺を繰り返した。いつしか彼女は魔王と呼ばれるようになり、彼女を倒すために何人もの勇者が彼女に挑んだ。


 ——と、ここまでが、去年までの夢の内容。

 今年はついに、魔王が勇者に倒される夢だった。


『あんたに全てを奪われるのも、あんたを殺すのはもう二度とごめんだ。だから……アリシアと来世で再会できるように祈っておいてやるよ。あんたがもう、誰も殺さなくて良いように。じゃあなクソ魔王。次は人間として生を全うしろよ』


 夢から目覚める瞬間聞こえた勇者の優しい声が、生々しく脳裏に残っている。気付けば私は泣いていた。

 毎年観ていたあの夢の謎が、今ようやく解けた。あれは私。私の前世の記憶だ。つまり、今日の夢が前世の私の最期というわけだ。目覚めた瞬間に理解した。

 しかし、明星あけぼしひかりという日本人の女に転生して二十年目になるが、いまだにアリシアらしき人と出会えたことはない。現世を生きる人間に恋をしたこともない。現世の私の初恋はアリシアであり、今も心はアリシアに囚われている。夢の中の人に恋をするなんておかしな話だと思っていたが、あの夢の主人公ルシフェルが私だったのなら、納得だ。魔王になった後も、何百年もずっと想い続けていたくらいだ。一度転生したくらいで忘れられるわけがない。

 もし、アリシアがこの世界に転生していなかったら、この恋の苦しみは一生続くかもしれない。魔王になってからの数百年の苦しみに比べたら大したことはない。と、言いたいところだが、やはり辛い。私のアリシアは一体どこに居るのだろうか。

 いや、それ以前に、再会できても分かるのだろうか。もしかして、今まで会ってるけど気づかずにスルーしているのではないだろうか。ルシフェルの記憶を取り戻した今なら分かるのではないかと思い、幼稚園から高校までのアルバムを引っ張り出してみる。が、すぐに閉じた。居たからだ。アリシアではなく、勇者が。過去に私が殺した勇者にそっくりな人が。それも一人ではない。


「……見なかったことにしよう」


 ただのそっくりさんであることを願いながら、アルバムをしまう。

 思えば、私は今まで数えきれないほどの人間を虐殺した。恨みを買っているのは間違いない。というか、そのために暴虐を繰り返していた。しかし、今の私はただの人間だ。魔王じゃない。魔法なんて一切使えないし、刺されたり、毒を盛られたり、窒息させられたりしたら普通に死ぬ。簡単に死ぬ。簡単に殺せる。今の私は死を望まない。辛いこともあるが、死にたいと思うほどではない。前世の絶望に比べたら現世で感じる辛さなんて、なんてことはないし。


「前世は前世。今世は今世。お互いに干渉せずに平和に過ごせますように……」


 手を合わせて祈り、出かける。今日から私は、家庭教師のアルバイトをすることになっている。相手は小学生の女の子。中学受験のために勉強しているのだという。中学から受験だなんて大変だ。しかし、彼女が目指すのは中高一貫の女子校。中学受験を終えれば高校受験はしなくて良い。そう考えると悪くないのかもしれない。


「……ここか」


 着いたのは、立派な和風の一軒家。いかにもお金持ちが住んでそうな大きな家。広い庭。それと、大きな門。だけど、アリシアが住んでいた城ほどではない。

 インターフォンを押す。しばらく待っていると、私も変わらないくらいに見える若い女性が出迎えてくれた。どうやら依頼者ではなく、この家のお手伝いさんらしい。

 彼女に連れられて、広い庭を進む。なんだか胸騒ぎがするのは何故だろうか。


「こんにちは。明星先生」


 依頼者の娘を目にした瞬間、胸騒ぎの正体を察した。


「こちらが娘の実華みかです。よろしくお願いしますね。先生。ほら、実華。挨拶は?」


「……よろしくお願いします」


 前世の私の魂が告げる。この少女は、前世で敵対した勇者の一人——前世の私を殺した勇者ミカエルの生まれ変わりだと。

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