後編:勇者の祈り
魔王ルシフェルの誕生から数百年。何人もの勇者がルシフェルに挑み、敗れた。
自分を殺せる勇者はいつ現れるのだろうか。一生現れないというのなら、世界ごと滅ぼすしかないのだろうか。そう考えていると、また一人の女勇者がルシフェルの元を訪れた。
「魔王ルシフェル!」
彼女は今までの勇者の中で一番、殺意に満ちた目をしていた。
「ふふ……」
「何がおかしい!」
「君。良いね。凄く良い目をしてる。期待しても良いのかな」
ルシフェルは楽しそうに笑いながら、勇者のに向かって火の玉を放つ。勇者は咄嗟に電撃で火の玉を打ち消した。それを見たルシフェルは、さらに嬉しそうに笑う。自分の魔法を打ち消すほどの魔力を持つ勇者は初めてだったからだ。
「君なら、私を殺せるのかな」
「殺すさ。そのためにあたしは生きてきた。お前に全てを奪われたあの日から」
「ふふ……ふふふ! その殺意! 良いね! 君、今まで見てきた勇者の中で一番良いよ! 最高だよ!」
「何喜んでんだよクソ女!」
勇者がルシフェルと距離を詰め、飛び蹴りを入れる。あらかじめ張っていたバリアーを突き破り、ルシフェルの顔面に足がめり込んだ。
「あぁ、痛い! 痛い! 痛いなんて、久しぶり! けど、足りない。足りない。こんなんじゃ全然死ねない!」
「っち……あんた……とんでもねぇドMだな……」
「ずっと、何百年も待っていたの。私を殺せる人間を」
「死にてぇなら一人で勝手に死ねば良いだろうが」
「……それが出来たらとっくにそうしてる」
ルシフェルのその悲しげな一言に引っかかり、勇者は思わず攻撃をやめてしまう。ルシフェルは舌打ちをして、勇者の腹を思い切り蹴った。勇者は吹き飛ぶが、受け身を取って着地する。
「攻撃を止めるな。君が私を殺さないと、犠牲者は増えるばかりだ。もっと怒れ、悲しめ、恨め。殺意を剣に込めて私にぶつけるんだ」
「っ……言われなくても
ルシフェルの挑発に乗せられた勇者は怒りのままにルシフェルに斬りかかる。ルシフェルは攻撃を魔法でいなしながら挑発を続ける。
「もっと。もっとだよ勇者。まだ足りない。そんなんじゃ私は殺せない。もっと怒れ。魔力を高めるんだ。私を殺せない勇者に用はない。殺せないなら死ね」
冷たい声で言い放つと、ルシフェルは勇者に向かって魔法で作り出した剣を飛ばす。勇者
はそれを全て剣で薙ぎ払い、ルシフェルに斬りかかる。
「そう。それで良い。殺されたくなければ死ぬ気で戦え」
「んなこと言ったって、あんた斬っても斬っても再生しやがるじゃねぇかよ! てか、死にてぇなら抵抗すんな!」
「無抵抗の人間を殺すのは心苦しいだろう?」
「はっ。あんたは人間じゃないからなんとも思わないね」
「そう。じゃあ見せてあげようか。私が人間だった頃の記憶を。私の絶望を君にあげる」
「っ!?」
ルシフェルが勇者の頭に手を触れると、勇者の脳内に走馬灯のようにルシフェルの記憶が流れ込む。同時に、膨大な魔力が身体に流れ込む。
「っ……! てめぇ……!」
「耐えるんだ。耐えれば君は限界を越えられる。
「っぐ……! 限界なんて超えなくても……私は……! 人間のままでお前を殺す! 生きる理由を失った世界で何千年も生きるとかごめんだから……な!」
勇者は身体に流れ込む膨大な魔力に喘ぎながらそう吐き捨て、ルシフェルを斬りつけた。再生しない傷口を見て、ルシフェルはふっと笑った。
「っ……クソ……っ……最初からこれが目的だったのかよ」
「言っただろう。私は私を殺してくれる人間を探していた」
「そのために無意味な虐殺を……」
「憎しみや悲しみ、絶望、そういった闇に囚われ、理性を失った人間は稀に魔力を暴走させる。暴走した魔力が人を、人ならざる存在へと進化させる。そうして私は人ではなくなった。だが安心しろ。君は限りなく私に近い存在だが、今はまだ人間だ」
そういうとルシフェルは勇者の腹を風の魔法で斬りつける。
「っぐ……」
滴り落ちる血とすぐには塞がらない傷口を見て、ルシフェルは優しく笑って、自分がつけた傷口に治癒魔法をかけた。
「大丈夫。君はちゃんと死ねる。人間としてな。さぁ、殺せ。私を殺さなければ世界が滅ぶぞ。勇者よ」
「っち……クソが……」
勇者は無抵抗の魔王を蹴り飛ばし、足で押さえつけると頸動脈に剣を突き刺した。顔に飛び散った返り血が、涙と混じり流れて床を濡らす。動かなくなった魔王の前で、勇者は咽び泣いた。
「最期に胸糞悪いもの見せやがって……クソ女が……死ぬなら化け物のまま死ねよ……」
涙声で悪態をつきながらも、勇者は祈った。彼女がもう二度と魔王にならなくて良いように、愛する人と結ばれるようにと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます