姫様、あと八年ほどお待ちください

三郎

プロローグ

前編:魔王ルシフェルの誕生

 ルシフェルは、少し魔法の才能があるだけの普通の娘だった。

 彼女には人知れず愛し合う相手がいた。アリシアという、五つ年上の女性。アリシアは国の第三皇女であり、ルシフェルは城で働く騎士の一人だった。身分違いの禁断の恋は、二人だけの秘密だった。

 しかし、アリシアが成人になる日が近づくと、国王は彼女に縁談の話を持ちかけた。アリシアはそれを断り、ルシフェルとの交際を打ち明けた。

 王は激怒し、ルシフェルを国から追放し、ミカエルの反対を押し切り縁談の話を進めた。

 結婚相手は隣国の王子。王子には既に三人の妻がおり、アリシアは四人目の妻として迎え入れられたが、そこでの奴隷のような扱いに耐えきれずに城を抜け出し、旅に出た。

 逃亡生活を続けて数ヶ月。追手に捕まりかけたアリシアを一人の女性が助けた。


「……ルシフェル……?」


「……もしや貴女は……アリシア姫……なのですか?」


 アリシアを助けた女性はルシフェルだった。


「こんな再会の仕方をするなんて。運命としか思えないわね」


「……相変わらずロマンティックな人ですね」


「貴女は相変わらず冷めてるわね。せっかくの再会だというのに。もっと喜べないの?」


 アリシアが拗ねるようにそう言うと、ルシフェルは彼女をきつく抱きしめた。そして、泣きながら愛を囁く。


「会いたくなかった」


「私は会いたかったわ。ずっと、貴女のことだけを考えていた」


「私もです。だから、会いたくなかった」


「どうして? 自分と居ると不幸になるからとでも言いたいのかしら」


「そうですよ。私は国に仕える身。貴女とは身分が違う。幸せになれるわけがない」


「今の貴女は国に仕えてないし、わたしはただの旅人よ」


「違います。貴女は姫だ」


「いいえ。ただの旅人よ。貴女を手に入れるためなら、肩書きも何もかも捨てたって構わない。私の幸せは、貴女のそばにあるの。貴女がいないと幸せになれない」


 そう言うと、アリシアはその場に跪きルシフェルの手を持ち上げて手の甲に口付ける。


「愛してるわルシフェル。わたしの幸せを願うならそばに居て。私を離さないと誓って」


「姫……」


「姫じゃないって言ってるでしょう。アリシアって呼びなさい。敬語もなしよ」


「……アリシア」


「ええ。ルシフェル」


「っ……」


 再会を喜び抱き合い、もう離れないと二人は誓い合った。


「さ、とりあえず旅を続けましょう。新手が来る前に」


「近くに村があります。私が今住んでいる村です。きっと、ひ——アリシアのことも匿ってくれます。とりあえずそこで着替えましょう」


「ええ」


 ルシフェルはアリシアを村に連れ帰り、村長に事情を話して匿ってもらうことにした。村人達は彼女を快く受け入れ、アリシアはアリアと名乗り、村で暮らすことなった。

 しかし、数週間後。アリシアに懸賞金がかけられていることを知った村人の一人が金に目が眩み、国に密告をした。それにいち早く気づいたルシフェルはアリシアを連れて密かに村を去った。

 やってきた城の騎士は、虚偽の通報をしたとして、密告した村人を罪人として捕らえた。彼に言い渡された判決は死刑。あまりにも重すぎると村人達は抗議したが、王は抗議する村人達も捕らえて処刑するように騎士達に言い渡した。二人はそのことを、別の国でたまたま耳にしたが、罪悪感を抱えながらも逃亡生活を続けていた。

 しかしある日、宿屋の店主に薬をもられ、ルシフェルが意識を失っている間にアリシアと共に国に連行される。

 意識を取り戻したルシフェルは牢に居た。アリシアの危機を瞬時に察したルシフェルは魔法で牢を壊し、いとも簡単に脱獄し、アリシアを探した。アリシアはすぐに見つかった。一国の姫とは思えないほど傷だらけの身体で、ボロ布を着せられて、手枷をはめられ、処刑台の前に立たされていた。その姿を見たルシフェルは魔法を放って処刑台のロープを燃やし、アリシアを助け出した。騎士達は王の命令で彼女を捕らえようとするが、恋人を傷つけられた怒りで我を忘れたルシフェルは、向かってきた騎士に向かって炎の魔法を放った。怒りによって魔力が暴走し、ルシフェルが放った炎は黒く染まり、騎士だけではなく、処刑台のある広場全体に広がった。国民達が逃げる中、アリシアは躊躇いなく、魔法を制御出来ずに辺りを黒い炎で燃やし続けてパニックになっているルシフェルの元へ駆け寄った。


「ルシフェル! 落ち着いて!」


「来ないで! 逃げて!」


「逃げない! 放って逃げたら、貴女は魔力に飲まれて死んでしまう! 大丈夫。落ち着いて」


 燃え盛る炎の中、アリシアはルシフェルを抱き寄せ、大丈夫と何度も声をかけた。ルシフェルが心の落ち着きを取り戻してくと共に、炎も少しずつ小さくなっていく。

 完全に鎮火しかけたと思われたその時だった。


「ルシフェル!」


 アリシアが突然、ルシフェルを横に押し出した。ザシュッ、と、刃物が肉を貫くような音が響き、ルシフェルの視界が端から赤に染まっていく。横を見ると、アリシアが倒れていた。身体は剣で貫かれており、流れ出る血液が地面を赤く染めていく。


「アリ……シア……?」


 アリシアの身体に突き刺さった剣が、ひとりでにアリシアの身体から離れ、放心状態のルシフェルの背中側に回り込み、狙いを定める。勢いよく放たれたその瞬間、剣は黒い炎に包まれ、ドロドロに溶けて液体となり、地面に落ちる。王の命令でアリシアを殺した魔道士が悲鳴を上げ、逃げ出すが、逃げ道を黒い炎が塞いだ。


「許さない……許さない! こんな国! 滅ぼしてやる!」


 怒りと悲しみによって暴走し、人の身体では抱えきれないほど溢れ出した魔力は、ルシフェルの身体を人ならざる者へと変化させた。




 アリシアを失い、自分がしたことの罪の重さに絶望したルシフェルは、自殺を図った。しかし、人ではなくなったルシフェルは、簡単には死ねなかった。身体を剣で貫いても傷口がすぐに再生してしまうからだ。

 数十年経っても身体は一切衰えることもなく、時間さえも自分を救え殺せないことを悟ったルシフェルは、ふと考える。自分が魔力に飲まれ人ならざる身体になったのは、強い絶望によって魔力が暴走したせいだった。同じ目に遭えば、自分と同じように覚醒する人間が現れるかもしれない。覚醒した人間なら、自分を殺せるかもしれない。そう考えたルシフェルは、意味もなく村を襲い、罪なき人々の虐殺を繰り返した。いつしか彼女は、魔王と呼ばれるようになった。

 かつてルシフェルは、国を守る騎士だった。騎士を目指すきっかけとなったのは一冊の絵本。それは、世界の滅亡を企てる魔王を倒す勇者の物語。ルシフェルは絵本の中の勇者に憧れ、騎士を目指した。しかし、皮肉にもルシフェルが最終的になったのは勇者ではなく、魔王の方だった。

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