5章 ユーグ編
第28話 スピルリナの思惑
レーヴェが地球に居た頃、スピルリナでは重鎮達による会議が行われていた。
その内容は“コウを王として迎え入れた方が良いのでは”という物である。
オーラは無理だと進言したものの、最終的には王女がその任を任せる事となった。
シオン王女が不本意ながらも覚悟を決めている間にもレーヴェは移動を続け、ブルームと宇宙海賊を全て振り切ってグリーゼ宙域へ帰還した。
「ふぃ~、長かったなぁ……」
「久しぶりの長旅でしたね。帰ったらスピルリナ本星に来てくれという連絡が届いていますが……」
「まぁ丁度良いし行ってやるか」
レーヴェの艦内清掃とノイント・エンデのフルメンテが予定されている。
前者は言わずもがな長期使用による蓄積の結果だが、後者は稼働データの蓄積でシステム面の繊細な調整可能となった事が大きい。
もっともそれらは項目が多すぎる事からアイオーンに全てを任せているのだが。
「コウ殿、ようこそ参られた」
「おう。祝賀会……だっけ?」
「そうだ。国の情勢もかなり安定して来たのでね」
オーラも軍服では無くドレスを着ている。
一方のコウにはスーツ、そしてレナにはドレスが貸し出された。
だが慣れない格好に見知らぬ人達に見られるという事で緊張しているらしく、常にコウの後ろに居る。
「さてそろそろかな……」
「何がだ?」
「まぁ待っていてくれ」
覚悟を決めたシオン王女は覚悟を決め、コウの前に向かう。
「コウ様、先の戦闘では我が国を救って頂きありがとうございました」
「それが仕事だからな」
「はい。ですがその、もしよろしければですが……」
シオン王女はここでようやくレナの存在に気が付いたらしく、目を丸くした。
「なっ、ななな! 何者なのですか、そちらの方は!?」
「拾い者」
「レーヴェのコック、レナです……」
――――――――――――――――――――
少々荒れたものの、スピルリナによる祝賀会は概ね良好な終わりを迎えた。
そしてコウは王の進めもあり王宮に泊まる事となった。
「で、何でお前が居るんだよ」
「何か問題でも?」
本来はプログラム上の存在であるアイオーン、彼女も肉体を持ってその場に現れた。
サイボーグ用のパーツもその為に購入していたらしい。
「いやアオもだけど。その後ろだよ」
「くっ……」
コウの指を指す先に居る少女、シオン王女は不満そうな顔で立ち尽くしている。
「大方、ハニートラップでコウをスピルリナに縛り付けたかったという所でしょうか」
「まぁ股間のブツはねぇから何も出来ねぇけどな」
「何ですって? じゃあ私は何の為に……」
「どうせ戻るに戻れねぇんだろ? 俺も一晩だけだが、お前も一晩だけここで寝ていけよ」
――――――――――――――――――――
金髪の少女としての肉体を獲得したコウの相棒、アイオーンは窓を開けて静かに外を眺める。
優しく流れる風はスピルリナの王女たる少女、シオンの頬に優しく流れ目を覚まさせた。
「……アイオーン様?」
「おや、起こしてしまいましたか」
「……」
シオン王女は何か言いたそうな表情で見つめた。
アイオーンはその意を汲み立ち上がる。
「少し、場所を移しましょうか」
客間の寝室を出て向かった先は二階のバルコニー。
二人はそこに設置されていたイスとテーブルに向かい合う形で腰を据えた。
「アナタは眠らないのですね」
「えぇ、私はAIなので睡眠は必要ありません。ですが人間ベースのサイボーグであるコウや、真人間のレナやシオン王女には必要なはず。シオン王女は眠らなくて良いのですか?」
「眠れる訳が無いでしょう、あの様な者の近くで……」
シオン王女の言う人物は勿論コウの事である。
突如乱暴を働くような人物では無いと薄々感づいては居るようだが、それでも未だに受け入れられないらしい。
「ところで、何故我々がハニートラップを仕掛けようとしていた事を察知出来たのですか?」
「私は少し耳が良いのです」
アイオーンが語り終われば、バルコニーに黒いロボットが出現した。
息を呑むシオン王女だが、アイオーンの目配せで味方であり害は無いと悟る。
「その機械は以前軍港に現れたと言う、確か……プレンティでしょうか?」
「まぁ似たような物ですよ。名前はミッターナハト、密偵やコウ達の護衛が主な任務です」
「信頼されていないのですね、我々スピルリナは……」
正直な所、先の大戦によるダメージは物理的な物だけではなく国としての信頼性にも及んでいた。
それを支えているのはコウという英雄の実績、そしてそれを表面上は御しているという宣伝で何とか最小限のダメージに押さえているに過ぎない。
つまりスピルリナは未だコウに助けられているのだ。
それはシオン王女の憧れた金獅子の行動ではあるが、自分達で出来ない事が非常に歯痒く悔しい。
「信頼しているからこそですよ。オーラから許可は既に得ています」
「そう、なのでしょうか……」
「そうです」
事実ミッターナハトが活動している地点はかなり狭い範囲だ。
それは王宮の警備が完璧である事を意味している。
「……」
「……」
アイオーンとシオン王女は自分から話をするタイプでは無い。
故に話は続かず、その場を離れるにも気まずい雰囲気である。
「そうですね……折角の機会ですし、私からシオン王女一つ質問をさせて下さい」
「質問、ですか……」
「はい。アナタが答えてくれるのであれば、私も一つ質問に答えます」
「聞きたい事があればいくらでも聞けば良いでしょう?」
シオン王女は半ば呆れたように言い捨てる。
これまで彼女に近付いてきた人間は皆そうして来たからこそ、そうされれば全ての質問を受け流す自信があったからこその言葉だ。
「一問一答、それが一番フェアですから」
「フェアですか……」
アイオーンはシオン王女が今までに相手をした事が無いタイプである。
眠気を何とか追い出して頭を必死に回し、視線で受け入れた事を伝えた。
「では私から質問させて頂きます。シオン王女は何故我々に喧嘩を売るのですか? わざわざ味方になろうとしてる相手を敵にする事に意味は無いと思いますが」
「直球ですね」
「それが“私達”の質ですので」
アイオーンが何故私達と言ったのか、それをシオン王女が今この場で理解する事は出来ない。
だが自分の考えであれば理解し言葉にする事が出来る。
「……我が国に伝わる金獅子伝説、それはアイオーン様もご存知ですよね」
「はい。“金の獅子が吠え雷鳴が齎され、永劫の存在により我々は救われる”、という一文でしたね」
「一般的にはただのお伽噺として伝わっていますが、王家には伝説の証拠が伝わっていました」
最初はただの一文しか存在しなかった伝説。
それは時代の流れと共に脚色され、様々な芸術となった。
そして有り得もしない英雄像が誕生し広まった。
「それが私の憧れた金獅子の主……力を持つに相応しい、高潔な心の人物です」
「なるほど……」
芸術としての英雄は異性としてでは無く、シオン王女の信念として刻み込まれた。
だからこそ真反対のコウに強く反発している。
「次は私の番ですね」
「えぇ、何でも聞いて下さい」
「では……アイオーン様は何故、乱暴者としか言えないあの男に付いて行くのですか?」
「人に言う割に、アナタも大概な直球ですね。軍事情報でも欲するかと思いましたが……」
「そこは私の性分ではありませんので」
王女の今の役目はあくまでも政治的な駆け引きを行う事、そしてその交渉材料を手に入れる事。
ハニートラップが成立しない以上はこうして情報を手に入れる他無い。
「そうですね、何から話した物か……」
アイオーンはコウによって作られたAI。
コウの戦闘を支援するのが役目であり、彼を支えるのが存在意義であった。
結論から言うならただそれだけの事である。
「ですが私は眠らない、先程そう言いましたね」
「えぇ……確かに」
「唯一の例外はコウが私達の世界から離れた時です」
コウがアルカディアを離れれば、彼によって作り出された物はほぼ全てが停止するように設定されている。
アイオーンもその中の一つであり、誰かに悪用されない為の処置である事は理解していた。
だがいつ目覚めるかも分からない眠りにつかねばならないというのはとても寂しい事である。
「人は一定時間眠れば目が覚める。ですが私はそうではありません」
アイオーンはコウがこの世界から離れてしまう事が怖い。
いつしかそう自覚してしまった。
「だから……もう二度と彼をこの世界から離したくない」
執着とも愛とも取れる感情、それをアイオーンは既に会得している。
だからこそスピルリナの願いに呼応しこの世界に降り立つ事が出来た。
「それからはシオン王女も知っての通り、レーヴェの全エネルギーを使用してコウを呼び出した。コウが私は私の全てだから付いて行くのです」
「……そういう事だったのですね」
「えぇ。ご理解頂けましたか?」
理解は出来なくとも納得は出来たらしく、シオン王女は静かに立ち上がり寝室へ戻った。
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