4章 地球編

第23話 エレボス宙域

 動作テストとしては上々な結果を得たコルニクスの動作テストから更に数日後。

 少々の手直しで衛星要塞は無事に完成し、配備も問題無く終えた。


 その間はスピルリナから呼び出される事も無く、納品したトルトニスもグリーゼ宙域の防衛線として無事に機能しているらしい


「目新しい植物を育てるのも良いが、やっぱまずは慣れたモンからだ……って事で! ちょっくら地球行ってくるわ」

『ちょっとで行ける距離じゃ無いと思うが……まぁ良い。宙域間ゲートは使うのか?』

「「なんですかそれ」」

『……そうだな、アナタ達は知らないだろうな。説明させていただこう』


 宙域間ゲートとは各宙域の中央部と最外端には設置されている巨大構造物の名前である。


 出入り口と航路を固定し、その間に作り出した四次元空間を通過する事で全ての物体を迂回しつつ距離を縮めるという仕組みらしい。

 使用には管理者への申請が必要だが、それは通行管理の為であり料金を徴収したりはしていないようだ。


「ほ~、そんな便利な物があるのか……いや前に名前だけは聞いたな」

「四次元空間への迂回……なるほど、そういう仕組なのですね」

『ちなみにグリーゼ宙域のゲートはスピルリナが管理している。使いたいのであればいつでも大丈夫だぞ』

「なるほど。じゃあ頼もうかな」






――――――――――――――――――――






 宙域間ゲートは宙域と宙域を繋ぐ架け橋である。

 その使用許可を得て地球への第一歩を踏み出したコウだが、望んだ場所まで直接行ける訳では無い。


「グリーゼ宙域を出たらエレボス宙域経由でヘルメス宙域行きのゲートを使えば良い、って話だったが……」

「噂通りの酷い場所ですね、ここは」


 グリーゼ宙域を離れて数日。

 レーヴェは光線と爆発が入り乱れる戦場に迷い込んだ。


「こりゃあ並の戦艦じゃ通れねえな」

「えぇ。ですが、レーヴェは?」

「伊達じゃない! ってな」


 争っている戦力の中で最も優勢なのはパーゲル軍艦隊である。

 だがそれ以外にもブルームや未所属船が混じっており、状況は文字通りの混沌を極めている。


「未所属船は宇宙海賊か。……パーゲルの奴らは何でブルームに襲われてるんだ? グリーゼ宙域じゃあ仲良くしてたってのに」

「これがデフォルト、グリーゼ宙域進行が異例だったようです」

「ほー、なるほど」


 パーゲル軍はグリーゼ宙域を売る為に侵攻していた。


 更にはブルームの親玉でもあるスポンサーと“スピルリナの人口を大きく減らせば手出しを止めてやる”という交渉もしていたようだが、コウの出現により取引は不成立。

 再びブルームによる攻撃が始まり日常が取り戻されたらしい。


「現在のエレボス宙域は宙域支配を目論むパーゲル、商品輸送の為に航路を確保したいリーネア、生命体の数を減らし管理したいユーグがそれぞれ戦闘を行っているようです」

「そこに宇宙海賊が便乗して荷物を掻っ攫いに来てると。……ろくでもねぇ場所だな!!」

「ですね」


 ろくでもない場所は長居しないに限る。

 レーヴェは最短ルートを全速力で進み、次の宙域間ゲートを目指した。


「……何だアレ」

「バイカルという半透明の結晶体で構成された惑星ですね」


 大きさはネストと同じく月程度だが、それは本体部分の話。

 バイカルは地表から剥離した多くの結晶が衛星軌道に乗ってしまっている為、見かけ上は地球程度の大きさをしている。


「結晶の少ない部分であれば突破して降下出来るそうですが、侵入した者は自身の幻影に襲われる……と言われているそうですよ」

「ほぉ~……」


 そうした噂話があるという事は生還者が居るという事。

 一方で死亡者の存在も確認されており、バイカル周辺では幾人もの人間が宇宙船ごと結晶化されているそうだ。


「近付いた宇宙船を引き込んで食べる等と言う噂もあるようですが、どこまで本当の話か……」

「丁度目の前で起きてんな」


 レーヴェの前方でレノプシスと戦闘していたパーゲル軍艦隊が突如としてバイカルに引きずり込まれた。

 両者共に結晶が突き刺さり甚大なダメージを受けているが、シールドを貼れる分パーゲル軍艦隊の方が耐えられている。


 だがレーヴェとて他人事ではない。


「……規定コースからの逸脱を確認、バイカルに引き寄せられています」

「エンジン出力上昇!!」

「駄目ですッ! 慣性制御も受け付けません!!」

「マジか。……仕方ない、腹を括ってシールド出力を上げろ!!」

「了解です!!!」


 バイカルに大気は無い。

 だが衛星軌道上の結晶が代わりとなり、圧縮断熱とはまた違った形で船体へダメージを与えた。


 レーヴェはシールド出力のゴリ押しによってどうにか不時着する事には成功したが、パーゲル軍艦隊やレノプシスはそうも行かなかったらしい。


「うへぇ、グチャグチャだな……」


 様々な部品や肉片が結晶の上に広がっている。

 乗員の生存は絶望的だろう。


「……ん? ちょっと待て、今何か動いたぞ」

「拡大表示します」


 パーゲル軍の大型戦艦に搭載されていたコンテナの中から黒髪の少女が這い出てきた。

 どうやら奇跡的に生き残ったようだが、このままでは死に絶えてしまうだろう。


「どうしますか?」

「このまま見捨てるってのも後味が悪いし……折角だ、安全圏に送り届ける位はしてやろう」


 黒髪の少女は状況が理解出来ず途方に暮れているらしい。

 コウは立ち尽くす少女の元へプレンティを送った。


「外傷は奇跡的と言って良い程に少ないですね」

「乗せられてた船が良かったのか、レノプシスがクッションになったのか……」

「船が良いのであれば墜落しなかったと思いますが」

「それもそうだな!」


 ある程度の事情を説明したプレンティは黒髪の少女を背負、レーヴェへと帰還した。

 コウは格納庫へ移動し合流した。


「よっ! 俺はそこのプレンティやこの船の持ち主、コウだ」

「……助けてくれて、ありがとう」

「安全圏までだけどな。で、お前の名前は?」

「……レナ」


 レナと名乗った少女は俯いたままコウの質問へ答える。


「他に何か覚えてる事か言える事はあるか?」

「……無い。何も覚えてない」


 いわゆる一般常識と呼ばれる事柄は覚えているようだが、レナは自分の過去を忘れてしまったらしい。

 コウが次の質問を考えていると警報が鳴り響いた。


「どうした?」

『付近の結晶が不自然な動きをしています、恐らく敵が出現するかと』

「このタイミングでか……」


 ふとレナに目を向けると、その顔には不安が浮かんでいた。

 少なくとも敵意は無いと感じたコウは少女の言葉を信じ少しばかり手助けをする事にした。


「俺はノイント・エンデで迎撃する。プレンティはソイツを守ってやれ!」

「「アイサー!」」

「あっ、あの……」

「なーに気にすんな、ただ自分の身を守ってるだけだ」


 コウは急いでコックピットへ向かう。

 望まれた機体は既に起動しており、出撃は極めてスムーズに進行した。


 だがその頃には結晶が戦艦を覆い隠し動きを止めている。

 ノイント・エンデは静かに着地し、双剣を手に持ち様子見を行う。


「さて、どう動くかね」

「戦艦のジェネレーター再起動を確認。これは……」

「そういう事だろうな」


 レナを乗せていた大型戦艦は浮上した。

 そして当たり前のように船首と砲塔をレーヴェへと向け、結晶に侵食されたクラヴィス数機までもを差し向けている。


「レーヴェは後退、対処は俺がやる」

「了解しました。ですが結晶体が武装と融合する可能性もあります、注意して下さい」

「オーライ」


 ノイント・エンデは姿勢を低くして双剣を左右に構える。

 そして脚部をバネのように動かす事で一気に加速し、地表に近付いていた二機を撃破した。


 直後に背中の翼を大きく広げて急上昇を行い、降下していた三機をバレルロールと共に斬り裂く。

 空いた射線を利用する形で戦艦は砲撃を行い、レーヴェに直撃するもシールド出力を上げていた為にダメージは極めて少ない。


 それどころか逆に戦艦の砲門が崩壊するという結果を招いている。


「結晶化と再生は完璧じゃないのか……?」

「戦艦が破損した段階で取り込んだからでしょうか」


 コウの予想通り、結晶体による戦艦の構築も完璧では無い。

 だが対空砲火を行う事は可能である。


「ッチ、面倒だな」


 こうした場合には素早く弾幕を潜り込んで斬りつけるか、オメガレーザーで撃ち抜く事が多い。

 だが結晶化したクラヴィスが居る戦場では脚を止める事に不安があり、結晶化した戦艦を直接斬りつける事にも不安がある。


「結晶化していない部分であれば直接斬りつけても安全かと。ガイドを表示します」

「なるほどね、サンキュー!!」


 二度三度と繰り出された砲撃を回避すると、ノイント・エンデはAM格納庫のハッチを破壊して大型戦艦の内部に潜入した。


「ジェネレーターは確か後部だったな」

「はい、最短ルートを表示――」

「――ぶち抜いて行くぜ!!」


 ノイント・エンデは両腕を壁へ向け、荷電粒子砲を発射した。

 光の柱は隔壁どころかジェネレーターとメインエンジンまでをも貫き、大型戦艦に巨大な風穴を開けている。


「やはりそう来ましたか」

「まぁそりゃそうなるよ、うん」


 その大穴を潜ってジェネレーターの破壊を確認したコウは脱出。

 残っていたクラヴィス五機をすれ違いざまに撃破し、レーヴェの上に着地した。


一方の大型戦艦は主動力を失い、再度墜落し結晶の波を作り出している。

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