第22話 対処






 オーラが宙域境界線付近でレノプシスとの戦闘を終え、スピルリナ本星へ帰還した頃。

 彼女はすぐさま王宮へ向かい、一人の少女を問い詰めていた。


「コウ殿への物資を差し止めたのはシオン王女ですね?」

「さぁ、何の事かしら」

「全く……余計な事を」


 コウへの対応には細心の注意を払う必要がある。

 それがスピルリナという国としてのスタンスであった。

 故に誰がいつどう干渉していたか……という記録が残されており、シオン王女の行動はそれほど時間を置かず明るみに出されたのだ。


「無駄な意地は捨て、最低限の対応を取る事は出来ないのですか?」


 オーラもシオン王女とコウの相性が致命的に悪い事は薄々理解している。

 だがどちらの立場的にも、互いに関わりを断つ事が出来ないのが現状だ。


「私はスピルリナの王女、国民の為に国を大きくしなければならないのです。なのに……なのに、それが無駄などと――」

「――シオン王女、殿下の働きは十分理解し感謝しています。ですが今後はアナタ主導で一切の行動を取らないで頂きたい」


 あまりにも強大な戦力であるコウは下手に刺激する事が出来ない。

 今回は偶然良い方向へ転がったが、次は無いだろう。


「アナタも、そう言うのですか……ッ!」

「はい。国と御身の安全を思っての言葉です」


 コウには変化の兆しが無い。

 であれば、心の揺れ動く隙きがあるシオン王女が変わるしか無いのだろう。






――――――――――――――――――――






コウはレーヴェにある自室で就寝し夜を過ごした。

 そして次の日。


「コウ! 起きて下さい!!」


 アイオーンは珍しく早い時間にコウへ突撃し、彼を叩き起こした。


「なになに、どしたよアイオーンちゃん……」

「先日農地を整備したじゃないですか」

「そうだな」

「種、持ってないです」


 種。

 それは種子植物が数を増やす為に必要な物の中でも特に重要な要素である。

 どれだけ環境を整えたとしても、種が無ければ農業は始まらない。


「……苗的な方も?」

「一切無いです」

「マジか!?」

「マジです」


 コウは慌てて起き上がりARコンソールから倉庫を確認するが、その中に種子の類は一切存在しない。

 辛うじて加工済みの植物……即ち食料として加工された植物はあるものの、それはスピルリナから提供して貰った物。

 そして食用であり、種として活用出来る物では無い。


「まっ、マジか……」

「鉱石や岩石の類は大量にあるんですけどね」

「アルカディアで拾った種、ほぼ捨ててたモンな……」

「はい」


 コウの基本スタンスはアルカディア時代から変化していない。

 素材集めついでに依頼を受けつつ、新たな機体を設計する。


 現在では途切れたそのループがずっと続いていたのだから、植物の種子が手に入るはずも無かった。


「つってもアルカディアの植物はあんま美味そうじゃなかったし、出来れば見慣れた野菜を食べたいよなぁ……」

「ふむ。であれば、一度地球へ向かった方が良いかもしれませんね」

「えっ、地球あるの!?」

「ありますよ」


 コウの認識では、この世界はアルカディアの延長線にある。

 そしてアルカディアに地球は無かった事からこの世界にも“無い”と思っていた。


「ちなみにだけどさ、行けるの……?」

「それは勿論。レーヴェのスペックであればちょちょいのちょいです」

「マジか……」

「その、グリーゼ宙域で危険を冒すよりも……安全な地球に帰りたかったですか?」


 ショックを受けた様子のコウに、アイオーンは不安そうな表情と声で問いかける。


「いや別に」


 だが彼は何とも無い事のように言い放った。

 相棒たるアイオーンを気遣っている訳でも無く、ただ何とも思っていないのだ。


「けどそうだな、地球のってか日本で食べてたモンも欲しいが……宇宙の野菜とか食ってみたいな」

「各地の種子を取り寄せる手段も存在するようですが、どうしますか?」

「そりゃ勿論、自分で探さなきゃだろ」

「そう言うと思ってました。一応どの辺りにどのような植物があるのかは探しておきます」

「だな」

「であれば、一先ずはネストをどうにかしなくてはですね」

「そうなんだよな~……」


 現状のネストはスピルリナとレーヴェの庇護下にある。

 だがそれらに頼らない独自の防衛システムを持っておけば、コウは安心してグリーゼ宙域を離れる事が出来るだろう。


「どうするかねぇ……」


 コウは腕を組んで頭を悩ませ、何気なく上を見た。

 その先にあるのは天井。


 だがレーヴェの外装を越えた先に広がるのは宇宙だ。


「……なるほど、そうか」

「どうかしましたか?」

「良い案を思いついたぜ」


 自室を飛び出したコウは急いで会議室へ向かい、テーブルモニターを操作。

 ネストのシミュレーションデータに手を加えた。


「っし、これでどうだ!」

「これは……衛星要塞ですか」


 ネストを囲むように作られた三つの巨大な人工衛星。

 それをネストの赤道上に配置し、宇宙で敵を撃退させようと言うのがコウの考えた案であった。


「確かにこの手の設備は仕様的に建設した事がありませんでしたね」

「だろ? まぁその分経験値が低いから、完璧に守れるかどうかって所が微妙だが……」

「「未知の事があるなら、挑戦してみたい」」


 二人の思いは一つである。

 だがアイオーンはその間にも改善点の洗い出しを行っている。


「ただ砲撃させるよりも……何かしらの機体を配置した方がよろしいのでは?」

「確かに、そうだな」


 コウはその指摘を受け、過去に作り出した機体の設計図を呼び出し吟味する。

 最終的に選ばれたのは狼の意匠を身に纏う銀色の機体。


「コイツに決まりだ」

「なるほど、フィールですか」

「数だけの相手なら上回る数で。質もあるなら数と質で対処する、って感じだな」


 フィールは20m級の中でも特に大型な機体だ。

 その理由は合体機構を持つ事であり、フィール・アインとフィール・ツヴァイという二機に分離する事にある。


「制御はどうしますか?」

「そうだな……プレンティベースで基本独立。必要であれば俺かアイオーンの指揮下に入れるって所だろ」

「であれば、それぞれの拠点に統括システムを置くとよろしいかと」

「オーケー。んじゃ設計を少し変更して、っと……」


 根幹部分からの変更な為に少々手間はかかるが、元々無人での防衛を考えていた事から大した作業では無い。

 最後にアイオーンが精査を行い作業は終了した。


「……シミュレーション完了。衛星の稼働に問題は無いかと」

「サンキュー!」


 一通りの思案を終わらせたコウはモニターテーブルから手を離し、軽いストレッチで身体を解す。

 アイオーンはそれが終わる事を待ち、追加の質問を投げかけた。


「所でこの衛星、名前は何と言うのですか?」

「名前か。そうだなぁ……コルニクスでどうだ?」

「良いと思います。ですが建材は絶対に足りないと思いますよ?」


 ネスト周辺に散らばっていた宇宙ゴミは全て回収し、使用可能な物はネストを始めとした地上拠点の建設でほぼ使い切っている。

 元々はここまでの施設を作るつもりが無く、スピルリナに支援要請も行っていない。


 更に農作物を育てる前提でネストの開拓を行っているが故に鉱石採掘は進んでいない為、このままでは二機目のコルクニスを建造している途中で資材が底を尽きてしまうだろう。


「わーってるって。だけどよ、俺達がパーゲル軍を叩いたのはここだけじゃないだろ?」


 コウはグリーゼ宙域のほぼ全域で戦闘を行った。

 そして運の良い事に、特に敵の数が多かったクラルスは比較的近い位置に居るのだ。


「確かに。クラルス決戦ではクラヴィスだけでなく、多くの戦艦も撃破していましたね」

「そうそう。どうせスピルリナもパーゲルも回収出来ないだろうし、俺が有効活用してやろうって事よ」


 グリーゼ宙域を漂うクラヴィスの扱いはトルトニス譲渡の際に決められており、必要であればコウが回収し利用する事が出来る事になっている。

 今のスピルリナに回収する余力は無い事から、互いに願ったり叶ったりという状況なのだ。


「……っし、俺はコルクニスとフィールのブラッシュアップをやる。アイオーンはスクラップの回収を頼む」

「了解です」


 レーヴェはネストを離れてクラルスへと出発。

 一方のコウも自室のある生活ブロックを離れ、研究開発ブロックへ向かった。


「さて……」


 通路の先には白と黒の扉があり、今回は黒の扉が選ばれた。

 内装は扉と同様に暗く、所々にホログラムのオブジェや機械部品が置かれている。


 そうした物の更に奥、そこにはイスとキーボードと壁に埋め込まれた複数のモニターがある。

 コウはイスに座るとキーボードを操作し、端末の電源を入れた。


「ここもアルカディア時代と同じか。……でもパソコン部屋は適度に狭い方が落ち着くよな、やっぱりさ」


 コウは独り言を呟きながら手慣れた様子で専用ソフトを起動している。

 作戦会議室で作成したコルニクスのデータをこの端末にも共有し、作業は開始された。


 一連の作業が一旦終わる頃にはアイオーンも作業を終了し、全ての準備が整った。


「ナインとコルクニス間でのデータリンク完了。レーヴェからコルクニスまでのリンクに問題はありません」

「オーライ」


 そして翌日には一号機が試作品として建造され、ネストの衛星軌道に投入された。

 コウと共に稼働状況をチェックするアイオーンも設計に問題が無い事を確認しているが、実際に動かさなければ分からない事もあるだろう。


 コルクニスから距離を取ったレーヴェの中からコウは新たな指示が出した。


「んじゃ、予定通り自動迎撃機能も試すぞ」

「了解です。クラヴィス発進」


 その機体はパーゲル軍が保有するAMであり、以前の戦闘で彼らが破壊した機体。

 スクラップの山から百機程度をサルベージし組み上げていたのだ。

 勿論パイロットはプレンティであり、レーヴェの中から遠隔操作している。


 戦力としては心許ないが仮想的としては最適な相手だろう。


「コルクニスの防衛網内にクラヴィス侵入、フィール展開開始」

「ここまでは想定内か……」


 クラヴィスは戦力を分割して二方面からコルクニスを包囲する。

 一方のフィールは分離して数を確保した。


 戦闘は近接格闘戦が得意なフィール・ツヴァイが前衛を担い、遠中距離での射撃戦闘が得意なフィール・アインが援護を行うという想定通りの動きで進行。

 想定通りの動きで全てのクラヴィスが殲滅された。


「これで安心して遠出が出来ますね」

「だな」





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