3章 ネスト開拓編

第19話 星を動かす力






 ロボットをこよなく愛する青年、コウは星間国家であるスピルリナに呼び出された。


 その理由は国のあるグリーゼ宙域から敵国のパーゲル軍を追い出す事。

 無事に役目を果たしたコウは報酬として鉱山資源の豊富な資源惑星、ネストを譲り受けた。


「何もねぇな……」

「何も無いですね」


 地表には草木の一つも生えていない。

 それは意図的な物であるが、かつて存在した拠点さえもが焼き払われていた。


「スピルリナの調査によると、ネストの組成は岩石や鉱石の類。個体の水……つまり氷も地下に存在するそうですが、鉱山惑星時代は星自体がハビタブルゾーンに無かった。故に液体としての水地表に存在しないと言っても良いでしょう」


 端的に言うならば“ただの石ころ”とでも言うべき惑星。


 一先ず目視で詳細な様子を見る為、レーヴェは衛星軌道から高度を落とす。

 大気はそれなりにあるらしく、断熱圧縮で船外にはそれなりの熱が集められた。

 コウはアイオーンと共に、艦橋からネストの現状を見る。


「大気組成はほぼ問題ありませんが……気温がかなり低いですね」

「ふむ。この身体なら問題無いかもしれないが、一応生身で外に出るのは止めといた方が良さそうだな」

「植物の異常増殖に関するレポートがスピルリナから届いていますが、読み上げはどうしますか?」

「頼む」

「了解です」


 艦橋正面のモニターが暗転し、過去のネストと様々な情報を表示した。

 モニターに表示された最初期のネストは現在と同じ姿をしていたようだ。


 だがスピルリナによる資源採掘が行われ、ある程度まで掘り進めた所で謎の結晶体が発見されたと言う。

 それをきっかけとして植物の異常増殖が始まった。

 根本的な原因は作業員の靴等に付着していた植物の種子であると特定されているが、過程の部分は未だに原因不明とされている。


「発見された結晶体によるモノ、というのが有力な説とされていますが未だ調査出来ていないようですね」

「なるほどね」


 それ以降は研究をする暇も無く星全体に植物が広がり、宇宙港も覆い隠されてしまった。

 あまりの成長速度から作業員は気味悪がり逃げ出してしまい、研究をしようにも研究者どころか作業員ですら寄り付かない。


 そして最初に発見された結晶体の回収すら行えない状況となっているようだ。


「そりゃ手つかずで残るわ……」

「生命が存在出来ない程に寒く水も無いのに何故植物が育ったか、そこは原因となったであろう結晶を調査しない事には何とも言えないでしょうね」


 その結晶体が熱を発しているのであれば話は早い。

 だがネストの地中は大気同様に冷えている事が非接触観測により確認されている。


「大きさはどんなモンだ?」

「直径約4600キロメートルです」

「月より少しデカイ位……か。まぁ独り身なら十分なデカさだな」


 概要部分の説明はほぼ終了し、モニターから各種データが排除される。

 最後に残ったのは岩だけのネストだけだ。


「コウはこの星をどうしたいですか?」

「そうだなぁ……鉱石資材は十分に貯蔵してあるし、やっぱ農作物作ったり酪農したりって所だろ。折角植物が育つらしいし」


 それはネストを最大限活用する、という観点からみれば大きく外れた物である。


「食糧の自給自足、という事ですか?」

「あぁ。色んな所を回って買い集めるのも良いと思うが、育ててみるっても一興だと思わないか?」

「それは良く分かりませんが、私はコウの意思に従いますよ」


 アイオーンは主体性を持たない訳では無い。

 だがコウの行動を尊重し、最大限動けるようサポートするのが存在意義であった。


「んじゃ、まずは星をハビタブルゾーンへ移動させるか」

「了解です」


 グリーゼ宙域の中心部には恒星があり、それを囲むように生命の存在しうる惑星がいくつか存在している。

 本来であればスピルリナ本星近くのハビタブルゾーンに近づけるのが一番なのだが、星の巡り合わせが悪くそれは出来ない。


 そしてそこまでの大きな行動はコウ一人の独断では行えない。


『話は纏まったか?』

「おう」


 相談役兼スピルリナとの橋渡し役という任務、それはにオーラが引き続き割り当てられた。

 これまでの会話も通信越しに聞いている。


「……ってかお前姫様のお付き何だろ? 良くコッチに来れたな」


 いくらコウと言えども、あそこまで露骨に反発されれば敵意があると理解出来る。

 そうなれば何かしらの妨害が来る可能性も捨てきれない。


「今の私は国王の命で動いている、だから問題は何も無い」

「なるほどね……」


 いくら姫でも王の命令を覆す事は早々出来ない、それが王政国家の定めである。

 そうして話をしている間にもアイオーンは計算を続け、スピルリナ本星が回るルートの一つ外側へ移動させる事で最適な熱量を確保出来ると弾き出した。


「オーラ近衛兵長、今送信した軌道にネストを乗せて大丈夫でしょうか」

『ふむ。大丈夫だとは思うが……そうだな、一応確認しておこう』


 ネスト周辺の戦艦で待機するオーラはアイオーンから受け取ったシミュレーションデータを軽く確認し、すぐに本星の専門家にも共有した。


『……だが本当に二人で動かすのか?』

「そりゃ他に人手は無いしな」

『流石に無茶だと思うのだが……』


 惑星開拓は国家が数十年単位で動くのが常である。

 人の住めるレベルにまでテラフォーミングするのであれば、更に多くの人員と資源と時間を要するだろう。


「大丈夫だって。なぁ?」

「はい、我々に問題ありません。そろそろ結論が出た頃だと思いますが、そちらでの解析結果はどうですか?」

『……各惑星への影響はほぼ無いと思われる、送られた軌道であれば移動させて大丈夫だそうだ』

「ありがとうございます」

「よーし……」


 レーヴェはコウの乗るノイント・エンデだけを地上に下ろすと宇宙へ戻った。

 現地の様子は随伴するプレンティが撮影を行い、レーヴェとスピルリナの戦艦にも共有している。


「付近を航行する予定の船舶への警告は済みましたか?」

『あっ、あぁ。スピルリナ経由で出しておいたぞ』

「そいつは何よりだ」

『……何をするんだ?』

「見てのお楽しみですよ」


 コウは深呼吸して息を整える。

 操縦桿を握り込む手には自然と力が入り、それを自覚する度に心を落ち着かせた。


「移動距離と速度の計算はコチラで実行します、コウは向きと出力の調整を」

「……っし、頼んだぜ。そんじゃいっちょ行きますかー」

「指示をコックピットに表示。カウント5秒前……」


 ノイント・エンデが地面に両手を付け、大きく翼を広げる。

 一同が緊張の面持ちでカウントを待つ一方、プレンティは手を叩き飛び跳ねていた。


「4……3……2……1、今です!」

「ヒッグス・スラスター、出力全開ッ!!」


 コウがフットペダルを踏み込む。

 その瞬間、翼から溢れ出した光が機体全体を包み込んだ。


『これは――』


 光の広がりは留まる所を知らない。

 ネスト全体までもを包み込んだそれは、ノイント・エンデと星を挟んだ反対側にも別の光を出現させた。


 それらは互いに作用し合いネストの軌道を変化させている。


『――星が、動いている!?』

「そうしているのですから、当たり前です」


 コウに問答をしている余裕は無い。

 少しでも調整を間違えればネストだけでなく、機体も無駄になりかねないからだ。

 だが幸いにもそうした危惧は不要であり、ネストは予定通りの軌道に到着した。


「……その位で良いでしょう。スラスターを停止させて下さい」

「了解」


 アイオーンが再び指示を出す。

 それに従ったコウはフットペダルの踏み込みを徐々に弱くし、機体の翼から溢れ出す光の量を減らした。


「これで地球とほぼ同じ環境になるはずです」

『まさか巨大隕石級の兵器類を使わず、惑星自体を動かすとはな……流石としか言いようが無い』

「まぁな。これくらいお茶の子さいさいってやつだ」


 コウは機体の簡易的なチェックを行うが、分かる範囲で問題は発生していない。

 表示される数値は概ね正常だ。


「……とは言え、流石に少し消耗したか?」

「はい。少し休ませた方が良いかと」


 光を完全に収束させたノイント・エンデは立膝の状態で停止している。

 余剰エネルギーを使い切ってしまった為、一時的に基本機能の出力が低下しているからだ。


『さて……。何か物資が必要であれば近くの艦隊へ連絡してくれ、私はパトロールに戻らせてもらう』

「りょーかい。お前も頑張れよ~」

『あぁ、コウ殿も頑張ってくれ』

「……」


 オーラが良い笑顔をしている一方、アイオーンの表情は複雑なモノである。

 もう一方のコウは良くも悪くもそれに気がつく事無く、マイペースに機体のチェックを行う。





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