第12話 水だけの星
クラルス人を乗せた大型船のスピルリナ入りを確認した後、コウはアエラスとオセアンの近くにある防衛拠点の救援に向かい立て続けの戦闘を行った。
「流石にここまで続くと結構キツイなぁ……」
「何がです?」
「そりゃ勿論、機体の消耗具合がだよ」
かの戦闘で使用した機体達のスペック自体はパーゲル軍のクラヴィスよりも高い。
だがここまで続けば、大規模な整備を行う必要があるだろう。
「まぁ何はともあれ……作業を始めるとしますか」
コウの前には三機のAMが並んでいる。
一つはヴァイス・ブリッツ、機敏性に優れ鋭い動きで敵を撃ち抜くのを得意とした白い機体だ。
一つはシュトローム、滑らかでありながらも確かな速度で敵を翻弄するのを得意とした黒い機体。
そして最後に残されたノイント・エンデ、それはコウの持つ技術を全て詰め込んだ最高の機体。
未だにカタログスペックすら見せていない調整中の代物である。
「ノイント・エンデは後回しで、とりあえずアオに任せるとして……ヴァイス・ブリッツからやるか」
「他はいつも通りで?」
「おう、頼んだ」
「「「マカサレマシター!!」」」
機体の整備は極力自分主体で行う。
それがコウの拘りであるが、効率も無視出来ない要素である。
故に複数機の作業を行う場合や時間が足りない時はプレンティ達の力を借りる事も少なくない。
今もヴァイス・ブリッツの作業と同時にシュトロームの装甲を分解させており、ほぼ同タイミングで作業が進行している。
そんな彼の元に一つの通信が入った。
『コウ殿、突然ですまないが出動要請だ』
「えぇ~? 丁度ヴァイス・ブリッツとシュトロームをバラした所だってのに……」
『何だと……』
「ノイント・エンデは使用出来ますよ」
「マジ? じゃあそっちを使うか」
『あー……大丈夫のようだな。詳細は転送しておくぞ』
コウは作業を切り上げてノイント・エンデのコックピットへ向かう。
プレンティは広げていた道具類の片付けを行う。
「で、何がどうだってんだ?」
「以前救援に向かった防衛拠点が守っていた惑星にレノプシスが居るから退治して欲しい……という事のようです」
「前ほぼ壊滅させたんじゃなかったっけ」
「どうやら新手のブルーム、アレスと共にやってきた増援のようです」
「なるほどね。それを俺たちで早めに撃破してくれ……って事か」
今回の目標はオセアンという惑星、その周辺にある防衛拠点を取り戻した事でパーゲル軍艦隊はスピルリナ軍艦隊が追い出している。
だが惑星内部に入り込まれたレノプシスの対処は困難を極め、急を要するモノらしい。
「……これ別にスピルリナ軍でも対処出来るんじゃないか?」
「確かに数は以前ほど多くは無いようですが、惑星の環境に問題があるようです」
オセアンは水だけで構成された惑星である。
魚類の養殖場としても活用されるその場所でレノプシスは泳ぎ回っているらしいのだが、スピルリナ軍艦隊は水中戦が行える戦力を保持していない。
一方のレノプシスは水中戦も得意としており、かなりの深度にまで潜れる特性を持っている。
「潜られたらお終いだから浅い内に叩くって事か」
「はい。可能であれば素早い討伐を求めているようですね」
「ほ~……急がなかったらどうなるんだ?」
「オセアンの魚が絶滅する可能性があります。そして犠牲になるほとんどの魚が食用であり、超高級魚とまで言われる種も含まれているそうですよ」
超高級魚と呼ばれる存在が居る事もオセアンの環境とスピルリナの技術が関係している。
深部に潜れる魚ほど味が良い一方で、その深度に到達し捕獲するにはかなりの技術が必要となるからだ。
「マジか! なら今すぐ行かなきゃじゃん!!」
「……盗みは駄目ですよ?」
「わーってるっての」
――――――――――――――――――――
レーヴェはスピルリナ本星から移動し、オセアンへと到着した。
付近に戦艦の姿は見当たらない。
「水だけってマジなんだなぁ……」
「人工物も極力放流しないようにしているらしいですよ」
「へぇ~、ご苦労なこって……」
恒星からの光が届く水面はキラキラと輝く一方、水面の先には薄暗い空間が広がっている。
そこがコウの次の戦場である。
「組成分析完了。成分はほぼ地球の海と同じようです」
「ほー、じゃあ水圧のかかり具合も大体同じ位か」
「機体は耐えられるんですか?」
コウの持つ機体の中で最も頑丈なノイント・エンデが耐えられなかった時には、パイロット諸共鉄屑となってしまう。
そうなればアイオーンには回収が不可能となる。
彼女の不安はそこにあった。
「まぁ~、大丈夫だろ。設計上の耐圧限界はこの星のコアでも耐えられるレベルだからな」
「なら良いんですが……」
機動面も吸気と排気を必要としない推進方式である事、そして大型戦艦レベルのジェネレーターを搭載している事から一切の心配が無い。
例え最深部であろうと真空中と同レベルの機動を見せ、レノプシスを切り刻む事が可能だろう。
「探知完了、現在レノプシスは水深約二万メートルを潜航しています」
「マリアナ海溝の倍位か……」
星の中心部まではまだ距離がある。
だがレノプシスの限界深度がその辺りなのだろう。
「よーし……じゃ、いっちょ行きますかぁ」
「了解。機体の移送を開始します」
コウの視界からアイオーンが消えると同時に、僅かな振動がコックピットへと伝えられる。
メインカメラの映し出す映像は多くの部品が並ぶ格納庫から簡素な作りのカタパルトエリアへと変化した。
ノイント・エンデの足元からは真っ直ぐにレールが伸び、その先に帯電した巨大なリングが置かれている。
「ワープゲート準備完了、いつでも出撃出来ます」
「オーラァーイ!」
アイオーンの宣言と同時に、リングが帯びていた雷はレールへと伝わる。
それを確認したコウは二本の操縦桿を左右の手で握り込み前を見据え――
「ノイント・エンデ、出撃する!!」
――そう宣言し、フットペダルを勢いよく踏み込んだ。
すると帯電したレールが機体を加速させ、リングの内側に作られた光の膜へと突撃。
レーヴェの外にも形成されたそこを通過し、速度を維持したままノイント・エンデは外へと飛び出した。
「さて……連中の動きはどうなってる?」
「変化無し。変わらず特定座標内に留まっています」
「そりゃまた良いんだか悪いんだか……」
ノイント・エンデは水面から数メートル上をしばらく飛行し、レノプシスの直上へ到着するとバレルロールで水面に対して直角で侵入を開始。
その先の水中でも速度は一切衰える事なく、深海へと突き進んだ。
「調子はかなり上がってるな」
「相変わらずオメガレーザーは使用不可ですが……」
「まぁそっちに関してはこれから使えるようにすれば良いさ」
それに加えて水中では遠距離武器は使いにくい。
敵へダメージを与えるのに必要な運動エネルギーや熱エネルギーが水に吸収されてしまうからだ。
逆にこうした場合に有利な魚雷を持たないノイント・エンデだが、それに近い武装は保持している。
「よーし、今回はアハト・グリンゲンを使うか」
「了解しました。ノイン・シュヴェルトは使用しますか?」
「いや……フルで使えるかどうかの確認もしたい。極力不使用で行くぞ」
機体の腰部から刃状のパーツが八本分離し、二本は両腕部へ接続。
残りの六本は機体の周囲を取り囲むように配置された。
「レノプシス発見、拡大表示します」
「サンキュー」
コックピットに映し出されたのは、巨大な魚に足を巻きつけたレノプシスの姿。
魚も群れを形成し必死の抵抗を見せているが、他にも数匹のレノプシスが居る事から圧倒的に不利な状況へと陥っている。
「アレは……食ってるのか?」
「いえ、ブルームは通常の生物とは全く異なる食性です。恐らくはただの破壊行動でしょう」
「なるほどね」
現にレノプシスは噛みちぎった肉片は吐き出し、再び魚へと齧りつくという行動を繰り返している。
アイオーンはそれらの個体へと分離した刃を突き立て、コウもそれに続いて格闘戦を仕掛ける。
「ちなみにですが……」
「ん?」
「そこの魚はオセアンカジキと言いまして、非常に美味と聞いています」
「マジか!!」
俄然やる気を出したコウは動きに鋭さを増す。
手甲となったアハト・グリンゲンで次々とレノプシスを切り開き、残骸を辺りに散らし回った。
「あ……」
「どうかしましたか?」
「いや、イカの残骸放り込んで大丈夫なのかなって……」
「レノプシスは毒の類を持っていないので問題無いかと」
「ほぉーん、じゃあ思いっきりやるかぁ!!」
――――――――――――――――――――
乗り気になったコウの手により、レノプシス殲滅は物の数分で終了した。
辺りには戦闘で作り出された残骸とオセアンカジキの死体が漂っている・
「流石に全部は守れなかったか……」
『コウ殿、戦闘はどんな状況だ?』
「終わったぜ。流石に完璧にとは行かなかったが、まぁまぁなモンじゃねぇのかね」
状況をまとめたレポートがアイオーンの手によって作成され送信された。
オーラはその資料に軽く目を通し、被害が軽微な内に駆逐出来た事を知る。
『……感謝する』
「ところでオーラ近衛兵長」
『ん? どうかしたか?』
「オセアンカジキの死骸はどう処理する予定ですか?」
『それらは損害としてカウントされている故、そちらで好きに処理して貰って構わない。が……』
「「が?」」
『管理担当者がどうしても傷物じゃない本物を食べて欲しいらしい。近くの防衛拠点まで来られるか?』
「今すぐ行くぞアイオーン!!」
「はいはい、そう言うと思ってましたよ……」
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