第10話 交渉
戦場ではアイオーンに操られたヴァイス・ブリッツが撤退を開始している。
アイオーンの元には困惑する味方の声が届いているが、その主であるコウの元には届けられていない。
「あ~っと、そこの整備士さん。カタパルト使っても良いか?」
『え? ……あっ、はい!』
先程まで無人だった機体から声が聞こえれば誰でも固まってしまうだろう。
それでもすぐに動き出し、的確な仕事を行った彼は称賛に値する。
『……カタパルト準備完了、いつでもどうぞ!』
「サンキュー。……シュトローム、行くぜ!!」
コウは先程と同じようにフットペダルを踏み込む。
すると今度は黒い機体が赤い雷を纏い、スピルリナ軍の小型戦艦から飛び出した。
戦線を離脱しつつあるヴァイス・ブリッツに近い見た目を持つその機体だが、雰囲気は全くの別物。
手に持つ二丁のライフルもより大型化している。
『白い未確認機の次は、黒い未確認機が……この戦場、一体何がどうなってるんだ!\\?』
『うるさいッ! とにかく敵を囲み集中砲火を浴びせるんだ!!』
『『『了解!!』』』
「さて、と。そろそろ二回目の回避チェックと行きますか」
戦場へ舞い降りたシュトロームはヴァイス・ブリッツと完全に成り代わった。
つまりコウは再びパーゲル軍に囲まれたのだ。
だが先程とは異なる点がある。
『貫通を警戒しろ、薄く包囲するんだ!!』
『『『了解ッ!!!』』』
パーゲル軍とて能無しでは無い。
彼らは貫通力の高い攻撃に警戒し、厚みを捨てて広い包囲に陣形を切り替えた。
「やっぱ貫通特化は細々した相手やり辛いよな」
すぐには銃撃戦が始まらず、しばらくは銃口を突きつけ合う時間が続く。
何かのキッカケあれば始まるであろう戦闘は一時的な停滞を見せた。
「コウ、味方から支援の申し出が来ています。いくつかの戦艦が動こうとしているようですが……」
もはや蚊帳の外に置かれたスピルリナ軍艦隊も、少数とは言えど相応の戦力を持っている。
彼らは自分たちも頼ってくれ……と言いたいのだろうが、コウであればこの程度は容易く切り抜けられる。
それどころか邪魔になる可能性すら存在した。
「下手に動かれちゃ困るな。適当な理由付けて待機させとけ」
「了解です。では彼らには戦勝の証人にでもなってもらうとしましょう」
「そりゃ良い」
だが何よもり、シュトロームは今この時だからこそ最大のパフォーマンスを発揮出来る。
不安を隠せない味方艦隊に対し、アイオーンは終始落ち着いた対応を行った。
『今だ! 撃て!!』
『『『うぉぉぉぉぉおおおお!!!!!』』』
「おうおうおう、こんだけ撃ってくれると避け甲斐があるなぁ」
先程は限られた面からの一斉射撃だったが、今回はほぼ全周を包囲されている。
苛烈を極める攻撃の量ではあるが、シュトロームは不規則かつ滑らかな機動を取る事で全ての弾を避けた。
『全弾、命中せず!?』
『またか!!』
「じゃあ今度はこっちから行くぜ」
そこからは乱戦の始まりである。
シュトロームは突撃するクラヴィスを尻目に、左右へと向け続けていたライフルの引き金に指をかけた。
『何か嫌な予感がする……全機、一時後退せよ!!』
「もう遅いっての」
コウが引き金を引くと、二つの銃口からは巨大な光の筋が放たれる。
銃口の先に居たクラヴィスへと命中したそれは、近くの数機を巻き込んで大爆発を引き起こした。
あまりにも激しい爆発はシュトロームをも巻き込もうと広がったが、コウは直上へ飛び上がりそれを回避する。
『エネルギー弾ッ!?』
『厄介な物を!! 今度は何だ!!!』
「デュアルプラズマライフル、精度と貫通力を犠牲に威力を底上げした銃火器です」
「いやだから解説は良いって……」
コウが今回の戦場で駆る白と黒の機体、それらは似たような見た目でありながらも全く異なる性質を持っている。
精密な動きで戦場に線を引き整えるのがヴァイス・ブリッツと言うのならば、シュトロームは戦場に咲く爆炎の花を添える機体と言えるだろう。
立て続けにトリガーを引かれたライフルは次々と敵機を巻き込み、いくつもの爆炎を作り上げた。
『我々の包囲網を脱出した!?』
「ハーッハァ! やっぱ包囲戦にはコレだよなァ!!」
『機体も中々の物だが……やるな、あのパイロット!!』
デュアルレールライフルは貫通力こそ高かったが、単純な威力は高く無かった為に対策の余地があった。
だが今回は貫通力と精度を犠牲に威力を上げている。
デュアルレールライフルは例え相手が強固な装甲を持っていようと高い回避能力を持っていようと、兎に角装甲を削り取るのがコンセプトなのだ。
『こっ、こんな相手とやってられるか! おっ……俺は逃げるぞ!!』
『俺もだ!!』
「何だ、逃げるのか……」
コウは戦う意思を失った相手を叩く趣味は無い。
追撃は狙わず戦闘は終結するかと思われたが、パーゲル軍の上官は違ったらしい。
『貴様らァ! 敵前逃亡は軍法会議ものだぞ!?』
『生きて帰れなかったら軍法会議にも出られないだろうが!!』
『グヌヌ……! 別働隊のレノプシスを全て黒い機体の撃破に当てさせろ!! 奴は今ここで、絶対に落とさなければならない!!!』
『りょっ、了解です!!』
「獣なら恐怖を感じないから良いだろう……ってか?」
パーゲル軍士官の判断は悪くない。
悪くないのだが、相手は極端なまでに悪かった。
傍受した指示を聞いてから数十秒後、今度はスピルリナ軍からの通信がコウの元へと届いた。
『コウ殿、スピルリナ軍で対処していたレノプシスがそっちへ流れてしまった! すまんが注意してくれ!!』
「あ~それね、知ってる知ってる」
『知っている……だと?』
レノプシスは数が多く隊列が伸びる傾向にある。
コウの戦場とオーラの戦場は離れているが、近くで溢れていた個体は命令を聞きつけるとすぐに方向転換。
僅か数分程度でコウにその姿を見せた。
「カーラントミサイル展開準備、タイミングはアオに任せる」
「了解です。この位置であれば……真正面への展開でよろしいでしょうか?」
「あぁ」
「では点火はコウにお任せします」
「任された!」
話をまとめた二人と共にシュトロームは動き出す。
アイオーンはバレルロールに合わせて機体中からミサイルを放ち、コウは全弾の撃ち切りを確認すると足を止めた。
『敵機からミサイルの発射を確認! ですがこの軌道は……』
『放射線状に放っただと? 一体何を狙っているんだ……』
「デッカイ花火だよ」
そう呟くとコウは正面へライフルを向けトリガーを引く。
静かになった宇宙空間に伸びる一本の光は、広がったミサイル網の中心点を正確に撃ち抜く。
『……ッ! 不味い、レノプシスの足を止めさせろ!!』
「またまた間に合わないんだなぁコレが」
シュトロームから撒かれた無数のミサイル、その一つ一つは大した威力を持たない。
だがコウとアイオーンの力が合わされば爆炎の壁を形成する事も可能である。
突撃してきたレノプシスは足を止める間もなく、炎に包み込まれ焼き殺された。
『凄まじいな、彼は……』
爆炎の壁を背に二丁のライフルを構えるシュトロームの姿。
それはスピルリナ軍には圧倒的な力の象徴として、パーゲル軍には恐怖の象徴として刻み込まれた。
「まだまだですよ」
『え?』
「この程度はお遊びにもなりません。今は私が全力のサポートを出来ていませんし、機体も性能の全てを発揮していませんから」
レノプシスの第一陣はほぼ全滅し、残されたパーゲル軍艦隊も無傷な機体は少ない。
たった十数分でここまでの戦果を上げたコウにオーラは恐怖した。
だが彼女達スピルリナの人々は彼に頼る以外の道が残されていない。
そしてこの場で一番恐怖を受けているのは、その牙を向けられたパーゲル軍の兵士達だろう。
『なっ、何者なんだ……あのパイロットは!!』
「知らんのか? スピルリナに雇われた傭兵だ」
「聞こえてないと思いますよ」
「あぁ、それもそうか……」
パーゲル軍との通信に必要な情報は既にアイオーンが入手している。
後はコウがコックピットで操作し、出力側の周波数を調整するだけで音声通信は開かれた。
「あーあー、聞こえてるか?」
『音声通信に割り込みだと……!?』
「お、聞こえてるみたいだな。早速でアレだが、お前は俺が何者か知りたいらしいじゃねぇか」
『あっ、あぁ……』
「だったら、キッチリ教えといてやる。俺はスピルリナに雇われた傭兵、コウだ!!」
戦闘はパーゲル軍艦隊の敗北で終わったも同然。
であれば、せめて情報だけでも持って帰りたい。
クラヴィス隊の隊長は困惑しつつも最善の対応を模索し行動する。
『雇われか……なら貴様、我々に雇われないか? 貴様程の腕があれば、望む物は何でも手に入るだろう』
「「ほう?」」
『なっ!?』
オーラは驚愕から思わず声を上げる。
だが選択は本人次第だと思い、その先の言葉は抑え込んだ。
「望む物……ねぇ。例えば?」
『地位に名声に女だ。勿論、金も望むだけ与えよう』
「そうかぁ~……」
コウは腕を組み頭を回す。
オーラとしては緊張の時間であるが、アイオーンには答えが分かっている。
そしてその答えはコウとアイオーン以外には理解し難い物だろう。
「つまらんな」
『何!? なら何が望みなんだ、貴様は!!』
「ロボットの……いや、ここだとAMだっけ? まぁアレとアレを思いっきり活躍させられる戦場だな」
「言うと思ってました。流石はロボバーサーカー」
『そう、なのか……』
「最近はウマイ飯も欲しいぞ?」
「物欲まみれですね」
「だな~」
これがもし技術や資源を餌にしていれば話は違ったかもしれない。
だが技術は相応の物をコウ自身が既に持ち、資源はスピルリナから報酬として約束されている。
そしてそれらをパーゲルが提示し辛いという事情がある以上、ここでコウが裏切る事は無いのだ。
「って事でさ。お前達パーゲル軍って戦うには良い相手だけど、味方にはしたくないタイプなんだよ。だって技術も無いし資源も無いから、こうやって侵略してんだろ?」
「強大な戦力を得る伝手はあったみたいですがね」
『貴様……どこまで我々をバカにすれば済むというのだッ!!』
「はぁ~、アオの予想図星かよ。白けちまったしもう良いよな? 通信おーわり、っと」
『望む物を与えてやろうと言うのにッ!!!』
「っし、じゃあ一気に仕留めるか。連結パーツ展開ッ!」
通信を切り上げたシュトロームは両腕を前へ向け、連結パーツを展開した二丁のライフルを徐々に近づける。
やがて僅かな振動がコックピットへと伝わり、一つの大型ライフルが完成した。
「連結式バスターライフルセット完了、専用弾薬投入……チャージ開始」
「レノプシスの第二陣を確認。艦隊と合流し突撃を行う模様です」
「アイツらそれ以外に何か出来ねぇのか?」
パーゲルは今回の作戦にレノプシスの過半数を投入している。
そしてその多くがこの戦場へと集まっているのなら、今が一掃するチャンスだろう。
シュトロームは両手で構えたバスターライフルをレノプシスが集まるパーゲル軍艦隊へと向けた。
『足が止まった!』
『今がチャンスだ。……あの愚か者を全力叩け!! そして我らの強さを見せ付けるのだ!!!』
『『『了解!!!』』』
包囲網は未だ健在であり、指示一つで即座にシュトロームを押し潰せる――
「チャージ終了。いつでも撃てます」
「オーラァイ……」
――はずだった
「……発射ッ!!」
シュトロームが二つのトリガーを引く。
その結果現れたのは先程までの比ではない太さのプラズマレーザーだ。
『回避が、間に合わない!!』
『うっ、うわぁぁぁあ!!!!!』
巨大な光の柱はパーゲル軍艦隊を貫く。
前方に集まっていたレノプシスだけでなく、運悪く銃口の先に立ってしまった戦艦やクラヴィスをも溶かし尽くした。
『あれだけの数が一瞬で……!?』
「さぁさぁ、まだやるか?」
バスターライフルを肩に構え、シュトロームは大手を振る。
その切っ先たるパーゲル軍艦隊は余りにも強大すぎる力の前に、正常な思考を取り戻す事が出来た。
『撤退するぞ……ッ!!』
『『『了解……』』』
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