第6話



 本部に来て日の浅い俺は、思いつく場所を思い浮かべる。

「シンプルに考えると108の番号をふられた場所に爆弾があるってことですよね。そんな場所ありましたっけ?」

 暗号など解読しなくても、その場所を見つけられればすべては解決するのだ。

 無意識に口走る俺に、「すぐに答えられたら、こんなところで頭寄せ合う必要ないだろ」と向かいに立つ田村が冷たく言い放った。

 確かに。田村の切れ味のよすぎる正論に、俺は項垂うなだれた。つい今しがた失敗したばかりなのに何やってるんだ、俺は。

「俺、もう少し考えてから発言することにするわ」

「お前にできるのか?」

 田村の容赦ない攻撃。落ち込んでる人間を追い詰めるようなことを言うなよ。せめて、メモから顔を上げて言ってくれ。

 俺は心に若干の傷を負いながら、メモに視線を戻す。

「若さん。コレが解決したら、なぐさめてくださいね」

 メモに集中しながら、俺は左隣りの若林に声をかけた。目の端から数センチ横にある若林の端整な横顔が確認できる。自分でも近いと思うが、右隣りには里見がいる。ここの距離は、ある程度保ちたかった。小さいな、俺。

「俺、女の子しかなぐさめないって決めてるんだよね。ごめん」

 即答された。みんな、ひどいな。

「信じてたのに。……ああ、上司に似たんすね」

 そういえば、よどむ世界ってなんだろう。

「失礼な」

 若林に頭突きされた。

「どっちがひどいんすか。もう、どいつもこいつも」

 篠原は、警察組織を指していると解釈した。

「先輩だぞ、俺」

 若林の言葉に機械的に「そうっすね」と答える。意識はすでに内へと向かっていた。

 犯人にとって、警察という組織はよどんだ世界に見えているということだろうか。そして、それをすぐさま解読した篠原もそう思っているのだろうか。怖くて口にはできない。

なぐさめて欲しいの? 望月くん」

「え?」

 思わず顔を上げると、里見がのぞき込むように俺を見ていた。彼女の大きな黒い瞳に吸い込まれそうになる。

「あの、里見さん」

「ちょっと意外。望月くんってそんなタイプには見えなかったから」

 里見が微笑ほほえんだ。

 その笑顔を見た途端、いきなり思い出した。あの時、里見に何を言おうとしたのかを――

「でも、目を覚ます、動き出すっていうとらえ方もできますよ」

 俺は呟いた。あの時、俺はそう言おうとしたのだ。思い出してみれば、大した内容ではなかった。けど、なんだろう。答えがぼんやりとだが目の前に姿を現したように思えた。

「望月くん?」

 視線だけを里見に向けると、彼女だけでなく若林と田村もいぶかしむように俺を見ていた。掴みかけた答えが逃げ出してしまいそうで俺は三人に少し待つように手を上げ、意識を集中させる。

 ――目覚め待つ空箱は、煩悩ぼんのうを刻み込まれた棺桶で眠る。

「ということは、いくつもの棺桶がそこにあるということだ。100以上の棺桶が置かれた部屋。そこに目覚め待つ空箱が眠っている。その空箱も入れ物だ。……もしかして、その空箱もいくつもあるのか?」

「棺桶の数だけか?」

 田村の声が聞こえた。

「ああ、そうだ。棺桶の中に目覚め待つ空箱があるんだ。そのひとつに、爆弾はある。しかもその空箱は動く。機械か何かだろうか? まだ足りない。――じゃあ、次に気になるのは」

よどむ世界に住みしものたち」

 若林が答えた。

「ええ。これって俺たち警官のことではなく、この棺桶のことを言ってるんじゃないですかね」

「確かにそうだな。俺たちに呼びかけているのだとしたら、『住みしものたちよ』とか漢字で『者たち』って書くよな。これも暗号のひとつだったのか」

よどむ世界。なんか息苦しい感じがするわね。水や空気がうまく流れないで濁ってるというか汚れている感じ?」

 里見が低く呟いた。その言葉に、かすみがかって見えなかったものがいきなり目の前に現れた。今度こそ、本物だ。

「あそこか!」

 俺と田村が同時に叫んだ。そして駆け出す。目指すところは同じはず。俺と同じ景色が、コイツにも見えたのだ。

「望月! 分かったのか?!」

 後ろから若林の声が聞こえた。

「警部に連絡して下さい! ――地下駐車場です!」

 俺はありったけの力を込めて叫んだ。

 判ってみれば、あっけないほど簡単な答え。どうしてもっと早く気づかなかったのか。暗号という言葉のまやかしに、完全に俺たちは振り回されていた。

 あれほど訳の判らなかった暗号文が、解けてみればもうソレしか意味していないように見える。頭を抱えて考え込んでいたことが嘘のように、爆弾の場所を表す詩的な文章となっていた。

 ――爆弾は、108の番号がふられた駐車スペースに止められている車に隠されている。

 俺たちは階段を駆け下り、駐車場へ通じる扉を勢いよく押し開けた。その風圧で細かな砂埃すなぼこりが舞い上がった。

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