第4話

 篠原はうなり声を上げ、デスクの上に無造作に広げられた白い便箋びんせん苦々にがにがしげににらんだ。

「まだ時間はある」

 藤堂が言った。

 108番のロッカーから爆弾は見つからなかった。もちろん、その他のロッカーの中からも。今、その報告を本部長室にいる小林を含む幹部たちに報告を終えたところだった。

 ――解読に失敗したのだ。

「だが、その前にこの中にいる連中の緊張の糸が切れたら、終わりだ」

「ここの連中は皆そんなやわじゃないさ」

「刑事、はな」

 篠原はデスクの上に置いてあったマイルドセブンを手に取り、一本口にくわえる。

「そのために、彼らを向かわせたんだろう?」

「望月には、荷が重かったか」

 煙草の火をつけながら、篠原は呟いた。

「彼なら大丈夫さ」

 即答する藤堂を意外そうに見ながら、「その根拠は?」と篠原は尋ねた。

「お前に少し似ている」

 篠原は口の端から煙を吐き出しながらフッと笑い、「アイツも災難だな。刑事になった途端にこんなのに巻き込まれて」

「彼は災難だとは思ってないと思うよ」

「だが、爆弾を見つけなければ次はない。死んだら、犯人を捕まえることはできんからな」

 篠原は立ち上る紫煙しえんを見つめながら、「それは俺らも同じか」と顔をわずかにゆがめた。

「そうだな。爆弾に使用されている火薬の量が回を追うごとに増えている。それに、爆弾を設置する場所も人が多く集まる場所を選ぶようになっている」

 藤堂は窓の外に視線を移し、

「――犯人は、事件を起こすことに慣れてきている」

 まるで医者が患者に死の宣告を言い渡す時のような、低く落ち着いた口調で藤堂は言った。けれどその表情は、その宣告を受けた患者のように生気せいきがなかった。

 篠原は見慣れた藤堂のその横顔をしばらく見つめ、「考えるだけ無駄だ、やめとけ」とデスクの上の便箋びんせんを乱暴に掴むと藤堂の胸元に押しつけた。

「頭使うんなら、この訳の分からない日本語の方にしろ。その方がよっぽど有益だ。――怪我を負わせてもいい。誰かが死んでもいい。いや、死ねばいい。多くの人間が傷つけばいい。そんな馬鹿なことを思うようになってきている犯人を一刻でも早く捕まえて、言ってやれ」

 便箋びんせんを抱える藤堂の胸元に篠原は人差し指を突き立て、「独りで生きていると思うな、ってな」と怒気どきを含んだ声で言った。そして篠原は、窓の外に広がる世界に視線を向ける。

 長く伸びた煙草の灰を気にすることなく、篠原は煙草をくわえたまま目の前に広がる世界をじっとにらむように見つめている。

「……篠」

「安心しろ、すぐに見つけてやる」

 篠原が厳しい口調で断言した。

「俺の縄張りでこれ以上、好き勝手なことはさせん。逃しはしない。必ず逮捕して、一段高いところに送ってやる。――俺のシマでふざけた真似をしたことを、後悔させてやる」

「お前は相変わらずだな」

「今も昔も、俺は俺さ。この世界は俺を中心に回っているんだからな。好きにはさせん」

「こういう時に聞くお前の戯言ざれごと、俺嫌いじゃないよ」

「さて、コレをなんとか解読しなくちゃな」

 篠原が藤堂の持つ便箋びんせんに手を伸ばした時、突然、篠原の携帯が鳴った。昔なじみの天気予報の番組で流れる軽快なメロディが、藤堂と篠原の緊張を一瞬にして解いた。篠原は舌打ちしながら電話に出る。

「今お前と遊んでる暇はない。切るぞ」

 篠原はそう言って携帯の電源を切った。

「まーさん?」

「ああ、中に入れろって騒いでやがる。あいつ、肝心な時にいねぇんだがら使えねぇ」

 藤堂は苦笑し、「俺だけじゃ頼りないか」と言った。

「バカ言え。俺はお前を信頼してるし、頼りにしてる。あんなヘボと比べるな。お前とあのヌケサクとじゃ、月とスッポン、ダイヤモンドと砂一粒くらい違うからな」

 藤堂は苦笑にがわらいを浮かべたまま肩をすくめ、「まーさん、心配してるだろうな」とポツリと呟いた。

「はん。勝手に心配させときゃいいんだ、あんな奴」

 篠原は藤堂の手から便箋びんせんを取り上げ、

「無駄話はここまでだ。若い奴らに先を越されたら面目たたんからな」

「そうだな」

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