第310話

 この暖かい光は、まるで海の中から青空を拝んでいるようだわ。もしかして、もうここはあの世なのかしら? もう私の肉体はとうに滅びてしまったのかしら?


「綺麗……」


 だけど今は、ただその言葉しか出なかった。


 そして私の前に現れたのは大きな影。ほのかな火のように静かに、だけど雄大に揺らめいて、私の目の前に躍り出る。彼こそが使者なのか? 


 ぼうっとする頭で考えようとはするけれど、もうなにも浮かばない。何も聞こえない。浮き立つ体の感覚が、すべてを置き去りに天まで昇っていきそうだ。次はあそこ、あの蜃気楼まで……そんなものがあるのかは知らないけど……



「「しっかりするのだ!!!!」」


「ハッ!!」


 あれ? いま私はどこにいる? いつの間にかあの極楽浄土にも似た感覚は消え失せ、今は全身の痛みとそれ以上にボロボロの街が見える。


「よしよし、まだ死んでいないようだね。間に合ってよかったよ」


「あなたは?」


「シェラルーシュっていう者だ。覚えなくともよいぞ」


 目の前の巨大な存在はそう名乗った。


 そして奥には亀がぷかぷか浮かんでいる。


 そうだった! 私、あの亀と戦ってる最中に……あれ? けれどどうして私は生きてるの?


「とりあえず立つのだシルバータ」


「え、なんで私の名前を?」


「そんなことは今はどうだっていいであろう! ともかくやつを何とかしなければ!」


 奥の亀も、突然とくらげ龍シェラルーシュの登場に戸惑っているようだ。ほとんどない首をかしげている。


「おい、シェラルーシュ。貴様どういうつもりだ?」


「どうもこうもない。お前の蛮行を止めに来たまでだ、ムタール」


 龍の会話が始まった。もちろん生まれて初めて聞く。


「蛮行だと? 我は愚かなる人間を滅ぼさんとする龍の総意に従ったまでだ」


「その総意がまだ定まっておらんというのだ!」


「ふん、もしや人間に被れおったか、貴様?」


「話が通じんようだな」


「こっちの台詞だ」


「そのふざけた行いをどうしても貫こうというのならば、僕を倒してからにするがいいさ」


 やっぱり話し合いで解決するわけがないか。これはとんでもないことが始まる。こんな状態なのに、巻き込まれるわけにはいかないな。安全なところへ逃れないと!


 きしむ翼を必死に揺らして、私は二匹の龍から離れた。睨み合った二匹の龍、まるでその様子は神話の世界の一ページ、このまま永遠に続くかとも思われたが、先に均衡を破ったのはムタールだった!


 一閃! 瞬きする間もないほどの速さの光線が空に走った。遠目に見てもデタラメな速さだわ。


 だけど、次の瞬間、もっとあり得ないことが起こる。光線がシェラルーシュの目の前で解けて霧散してしまった!


「貴様の力、やはり気に食わんな……」


「ははは、当てられるものなら当ててみるがいいさ!」


 あれはどうやったのだろう? よく目を凝らしてみてみると、種は案外簡単なものだった。人間にはできない芸当だけど。


 シェラルーシュは自分の前に瞬時に霧を展開したんだ! 彼の魔力で水を呼び寄せて、霧状にして撒く。そうすれば、その中を光線が通っても、たちまち光は乱反射して散り散りになってしまい、その威力を失う。


 なるほどな。龍もかなり知的な戦い方をするのね。見た目が獣に近いから、てっきり力任せなことばかりするものだと思っていたけど、見直したわ。


 だけどやっぱり馬力に関しては私たち人間とはモノが違う。龍たち全員を敵に回せば人類なんてあっという間に滅びてしまうという話は至極真っ当なことだろう。


「貴様ァ!!」


 ムタールは完全に頭に血がのぼってしまい、冷静さを欠いている。これは勝負あったかな。


「僕としてもいつまでもお前のふざけた真似に付き合っている暇はないんだ。ここで終わらせてもらうぞ」


「グゴゴゴゴゴゴ!!」


 シェラルーシュが天に向けて両手をあげると、たちまち巨大な光が現れた。


「最初からお前に勝ち目なんてのはなかったんだよ、ムタール!」


「何を!」


 鈍くて到底攻撃をよけきることができないムタールはやはり甲羅に閉じこもった。攻撃を耐えきるつもりだろう。ああなられると、攻撃がほとんど通らなくなってしまうから、厄介だ。果たしてシェラルーシュはどうやってあれを突破するつもりなのだろう?


 見ているけど、シェラルーシュは何も変わったことをする様子はない。そのまま天に両手を広げて、その上にある光はどんどんどんどん大きくなっていく。


「もしかして、そのままいくの!?」


 そうらしい。なにも策を弄さない。正面からそのままぶち当てるつもりだ! さっきの発言はやっぱり撤回しようかな? 全く知的じゃないじゃない! もうちょっと考えているものだと思ったけれど、こんなに脳筋なやり方をするなんて!


 カメの巨大甲羅は沈黙したままその場でじっとしている。そしてシェラルーシュはついに!


「グォォォォ!!」


 青白い光の玉をムタールに向けて放った!


「ズドドドドドドドドドドドドォォォ!!!!」


 光の玉は一直線にムタールへと襲い掛かり、甲羅のど真ん中に命中した!! 

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