第309話

 全く、大した自信だわ。生き物ってのは、体が大きいとそれだけで過剰な自信が湧いてきちゃうものなのかもしれないな。


「グォォォォォ!!」


「シュン!」


「わっと!」


 目が慣れるのにもうちょっとかかりそうだな。好き放題に魔法を使えてしまうのが奴らの強み、そして龍ともなればその魔力に際限なんてないのだろう。だから、弾切れなんてのは期待できない。こちらが対応してしまわないと、ジリ貧に陥ってしまう!


 そしてこの熱量! 当たったらそこから体が溶けてしまう! その事実だけでかなりのプレッシャーがのしかかってくる。


 今私は空の、それも亀よりも上にいる。だから、亀の攻撃は全部上に向かってくるのだけど、もしもこれが下に向かって放たれれば、いよいよ街が滅んでしまう。


 つまり、今のエルマンテの生命線は私なんだ。もしも私が地面に落ちるようなことがあれば、攻撃は当然下に向く。それは一巻の終わりだ。


「おいおい、チョロチョロと逃げ回ってるんじゃねえ。そうやっていてもどうにもならんぞ?」


 それには同意だね。


「はぁぁぁぁ!!」


「シャドドドドドダダダダ!!!!」


 おや? 攻撃はとんでもない速さのくせに、本体は遅い? やっぱりそこは亀なんだな。ともかく全弾命中した! 


「クフフ……貴様、攻撃もちょこまかしておるな。そんなんでは効かんよ」


 ……ぜんぜん効いてないじゃない。想定内ではあるからそこまで驚きはしないけど、ちょっと苦しいわね。攻撃が当たっても死なない相手はまだしも、無傷のやつなんて今までいなかった。


 今までで一番キツいかもしれない。ここまで硬いと私も戦い方を変えなくちゃいけない。


「お前の攻撃も、他の生き物には通用するかもしれんがな。しかし龍は別だ。次元が違うのだよ」


 そう言い放った亀は体を甲羅の中に引っ込めた。


「言う割には弱腰じゃないですか!」


 しかし返事はない。その代わりに……


「キュピーーーーン!」


「な……!」


「ズドドドドドドドドドォ!!」


 甲羅から無数の光線が放たれた! 全く狙っていない無差別攻撃だけど、あまりの弾幕の濃さたから、避けるのも難しい。


「バシュン!」


「きゃあ!」


 右の翼を撃ち抜かれてしまった! バランスを崩して空中で体が二転三転する! 


「このままじゃ!」


 なんとか翼を再び付け直して地面への激突は避けることができた。


 刃は何本かやられてしまい、翼が一回り小ぶりになってしまった。こんなことが今まであったかな? 私は圧倒的不利に立たされている。何か……何か逆転の糸口を掴まなければ、このまま飲み込まれてしまう!


「ふん、なかなかしぶといじゃないか。しかしいつまでもこんなことをやっているわけにはいかないからな。思いっきりいかせてもらうぞ。この人間の巣とともに消し去ってしまえ!」


「え?」


 うしろを振り返ると、そこにはもう目と鼻の先にエルマンテの街並みがある。しまったわ、翼をやられたせいでいつの間にか高度が下がっていたのね。


「街の人たちはやらせないわ!」


「できるものか!」


 さっきまでよりも一段と強い光を放って、亀は大きく口を開けた。段違いの攻撃が来ることは明らかだ。さあ、どうする?


 わたしがあれを避けてしまったら、確実に街が消し飛んでしまう。だからと言って、私にあれを受け止めるなんてことができるのかしら? 


 いいや、やるしかないんだ! どのみち私は軍人だ。市民を犠牲にして生き残るなんて選択肢はない。やってみせるしかないんだ!


「グルォォォォォォ!!」


「キュピーーーン!」



「来る!!」




「ドドドドドドドドド!!!!」


 目の前が一気に眩しくなって、もう何も見えない。そしてすぐにでも肌が焼けてしまいそうなこの熱量だ。


「はああああ!」


 私は翼を変形し、盾を展開した。普通、どんな攻撃にもびくともしない大盾だ。けれど、こんなでたらめな攻撃を防ぎきれるかはちょっと怪しい。


 けれど、だからと言って、ここで引き下がるわけにはいかないんだよ! 私は軍人として、恥じない姿でい続けなくちゃいけない、それが大将ならばなおさら! 


「さあ、来なさい!」


「ズドォォォ!」


「くぅぅぅぅ!!!!」


 なんていう力なの!? 光線とは思えない馬力をしている。私ごと街まで吹っ飛ばしてしまうつもり?


 けれど、そうはさせない!


「はぁぁぁぁぁ!!」


「グォン!」


 私はありったけの力で上体をのけぞらせて、盾の向きを変えた。


「シュン……」


「はぁ……はぁ……はぁ……」


 光線は空の彼方へと飛んでいった。街にはついぞ降り注ぐことはなかった。


「ぐぬ……やるではないか。貴様、普通の人間ではないな」


「ふ……ようやく気付いた?」


「しかしもうフラフラではないか」


 あれ……ほんとだ。ちょっと無理しすぎたかな……。


 翼は力なく垂れてしまい、それを戻す気力もない。そのまま私は地面に降りてしまった。


「ここまでかしら……」


 どうしてか不思議に運命を受け入れている自分がいる。街と誇りを守ったかしら。


 亀の次の攻撃が私に降り注ごうとしている。


「……」


 だけど、目の前が光でいっぱいになったそのときだった!


「フワッ……」


 私の目の前に突然、柔らかく優しい、それでいて雄大な水の壁がそびえ立った!

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