第307話
〜旧マハジャ教国にて〜
私がここに来てどれくらいかしら? 外に出ることがないからわからない。私が軟禁されているこの部屋にも、カレンダーや時計が無いから、そこから知ることもできない。今はいつで、誰がどこで何をしているのか、全く知ることが許されない。
私の外界との接触はといえば、日に三回の食事だけ。もうそろそろ来るかな?
「コンコンコン」
部屋がノックされた。合図だ。部屋に取り付けられた小さな扉が開いて、そこから食事が渡される。
「いつもありがとう」
「お体を悪くされてはいないですか、シュユさん?」
「ええ、大丈夫です。だけどちょっと窮屈ですから、もう少し、あとちょっとだけの自由が欲しいです」
「それは……私としても心苦しいのですが、難しいです。申し訳ございません」
この、食事を毎回渡しにきてくれる人は、私を護送していた中年の男の人。捕虜の身の私にも優しく接してくれる。
私の叶わぬ願いにも、彼は一応耳を傾けてくれる。
「ごめんなさい、困らせてしまいましたね」
「いえ、こちらこそこんな境遇に置いてしまい心苦しく思っております」
扉の向こうで足音が離れていった。また一人になってしまったな。
「今日のメニューは……」
一応私は貴人として扱われているので、食事も割りかし豪奢なものがでてくる。今日のは肉を煮込んだものに豆料理、さらにスープ。前まではこれにワインまでついてきていたけど、私が酒をあまり飲まないと伝えると、出されなくなった。
楽しみが食事くらいのものだから、ゆっくり食べる。今頃みんなはどこにいるのかしら? ここはマハジャだから、味方がやって来て私を連れ出してくれるなんて考えづらいし、私はもしかしたら一生ここから出られないのかもしれないな。
そもそも、まだシャラパナってあるのかな? エルマンテはあんなことになってしまったし、もう跡形もないのかもしれない。アイラは大丈夫かしら? ちゃんと逃げられたかしら? ああ、こんなに息が詰まる場所にいると、どんどんネガティブになってしまうわ。
それでも、私はあきらめるわけにはいかないから、今も生きている。少なくともシャラパナが滅んだと知るまでは生きていなければならない。
幸い、私が処刑されるという予定は今のところないらしい。ワイド伯の心の中は全く分からないけれど、唯一と言ってもいい幸運ね。
でも……やっぱりここにずっといるっていうのは、つらいわね。一人の人間として、肉体的にも精神的にもしんどくなってきたわ。そのくらいの弱音は許してほしいものだわ。……と言っても悲しいかな、そもそも弱音を聞いてくれる人さえも全然いない。
とても突飛で、荒唐無稽のいきすぎた考えだとは思うけれど、いきなり何かが起こって全部何もかも壊れてしまって、私は自由になれないかしら?
私も相当参ってるみたい、こんなことを考えだしてしまうだなんて。
「ドゴォォォォォン!!!!」
「うわぁぁぁぁ!」
「ギャオオオオオ!!」
「逃げろーー!」
「ゴロゴロゴロゴロ!!」
「あら、眩しい……」
ほら、今も見えるはずのない光が見えている。こんな幻覚を見てしまうだなんて、もしかして私の心は壊れかけ?
「……違うわ!」
これ、本当に? 信じられない! 天井がいきなり吹っ飛んでいったわ。そしてこの騒々しさ! 祭りでも喧嘩でもない!
「地震でも起こったのかしら?」
にしても久々の青空は目が痛くなってしまうわ。普段インドアの私にしても、こんなに長い間引きこもっていたことはなかった。
「ええと…これは」
このとんでもない状況だから、周りの状況を確認してみるものの、何が何だか訳がわからない。変わったところしかない。
「……扉が壊れてる……」
心が躍った。本当に望みの通りになるだなんて。神さまはまだ私のことを見捨ててはないみたい。扉は跡形もなく吹き飛んでしまっている。好きなだけ出入りし放題ね。
私は扉から出たのだけど、廊下もすでにボロボロになっている。建物は原型を留めていない。どこからでも出放題だわ。
「うるさいわね。みんなどうしちゃったのかしら?」
建物の中でも、みんな血相を変えて走り回っている。誰も私のことを毛ほども気にしていない。まるで私一人だけ神隠しにあってしまったみたい。
でも今は都合がいい。このまま逃げてゆこう。何とかなる。この分じゃしばらく私が追いかけられることもなさそうだから、多分逃げ切れるはずだ。
建物から出ると、街が燃えていた。青空に煤がついて濁るのも嫌な感じがするけど、何よりこの暑さったら、引きこもりにはしんどいわね。
どうしてこんなことになっているのかしら? 辺りを見回してみれば、答えはすぐにわかった。
「ギャオオオオオ!!」
「キシャアアアァ!!」
空に浮かぶ二つの大きな影が、地面が揺れるほどの大音声を響かせている。そのシルエットは、私の記憶にもあるものだった。
「あれは……龍? こんなところになぜ?」
それも二匹! 見るに二匹の龍は、騒ぐ人間たちをよそに争っているみたい……。
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