第306話
ソングライン侯爵は、取り乱すことなく、静かに話を受け止めた。
「じゃあ、なんとかしないとね」
「和平に持ち込むためには国境すべてを取り返さないといけませんから、思う以上に急がないといけませんよ」
「私たち商人の街にもそれに協力しろと?」
「生き残りたいのなら」
「随分と強気にものを言うようになったわね、あなた」
「この世界のせいで僕も変わったんだと思います」
「まあいいわ。資金ならば私たちからできるだけ融通してあげるわ。私たちだってあなたたちに勝ってもらいたいもの」
「感謝します。そう言ってもらえたこと、そもそも信じてもらえたこと」
僕が侯爵の部屋から出るころには、もうフォッケトシアは静かになっていた。
~ホルンメラン東部にて〜
西の方はどうなっているかしら? タイセイさんは無事にやれているかしら?
「どうしたんですか、大将?」
「あ、いや。何でもないですよ。ただ、西の方の戦況が気になっているだけです」
「向こうにはうちのパゴスキーがいますから、大丈夫ですよ」
「……思っていたのですけど、伯爵はホルンメラン分団と一緒に西の軍に加わらなくてよかったのですか?」
どうして東の軍にジョシュア伯とその近衛だけが来ているのかしら? 首長だけがこっちに来るだなんて、不思議な話。
「ハルの行方が掴めるかもしれないから、私はこっちに来たんです。それに、パゴスキーも私がいない方がやりやすいでしょう?」
「私はやりにくいですがね」
「それはごめんなさい、シルバータ大将。足は引っ張らないつもりですから、どうかよろしくお願いしますね」
「いや、私が言ってるのはそう言うことではなくてですね……」
「あ……タイセイのことを色々言われないか、とかですか?」
「ぐっ……」
「あ、図星」
この娘、やっぱりだ。一緒になるなんて、ついてない。ずっとこのことでイジってくるつもりだよ。
「いやいや、別に私はとやかく言ったりはしませんよ? そんな資格ないですから。ただ気になるのは事実だから、将軍の口から色々と聞いておきたいなぁと」
憎たらしい表情と口調で馬ごと詰めてくる。上目遣いで見上げてくるから、私は目を逸らした。
「何も話すことなんてありませんよ」
「そんなこと言わずに……」
「あなたこそ、こんな有事なんですから、もっと緊張感を持ってですね……伯爵?」
伯爵が何も言わなくなったので、見れば彼女は暗かった。
「伯爵?」
「ごめんなさい。確かにはしゃぎすぎたわね」
「え……いやいや、そんなに重く受け止めないでくださいよ。どうしちゃったんですか、急に!」
「いや、気にしないで。もう、大丈夫だから」
「いやいや、気にしますよ!」
……そうか、この人が一番今のこの状況に参ってるんだ。囚われの身になっているシュユ侯爵は伯爵の親友だと聞いている。私以上に深刻な腹の内に違いない。
「大丈夫ですよ」
「……ええ、大丈夫です」
「は?」
「大丈夫ですよ。きっと全部、よくなります。私に任せてください」
「頼もしいんですね、将軍は」
「それが仕事ですから」
私たちのルートは、東へと南の海岸に沿ってのぼっていく道だ。エルマンテを拠点にして東部全ての都市を奪還していくプランを立てている。
「エルマンテはもう制圧済みだと聞いておりますが」
「ええ、だけど少数の兵士しか残してきていないから、取り返される心配もある。急がないといけませんよ」
とは言いつつ、エルマンテまでは結構な距離がある。ここから着くまでにどれだけの時間がかかるだろう?
「私が一人で見てきましょうか?」
「へ?」
「エルマンテが取られていないかどうか、ちょっと飛んで見てきますよ」
「は、はぁ」
「では」
飛び上がると、少し肌寒くなった。まだ春は遠いみたい。
「エルマンテはあっちだね」
東を目指して飛んでいけば、なおのこと寒くなった。
陸路でも海路でもそこそこの時間がかかってしまうエルマンテまでの旅路だけど、空路から行ってしまえばこの通りすぐに着く。とは言っても、私しか使えないルートだね。
「エルマンテの無事を確認したあとは、ついでに西に飛んでタイセイさんのところに寄ってみてもいいかしら? ……いやいや! そんなことしちゃいけない。今はそれどころじゃないんだから。こんな自分勝手なことをしちゃタイセイさんも私のことを見損なうわ」
雑念は消さないと。こんなことをいちいち考えるから、あんなふうにジョシュア伯からも言われてしまうのだ。
勝手に自省しているうちに、もうエルマンテの上空にまでたどり着いた。ここから雲の下に降りればそこには都市が見えるはず。
私が見ているこの魔導コンパスはシャラパナ国産の便利道具で、この何も目印のない一面の雲海の中でも、自分がどこにいるのかがわかる。
ビンゴだ。真下にエルマンテが見える。このコンパスはやっぱり正確なんだな……ってえ?
「ちょっと遅かったかしら?」
エルマンテでは、すでに戦争が起こっていた。
「でも、まだ陥落してないわ! 間に合う!」
私は真下に降りた。
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