第305話
どうしたんだ? さっきまで猛攻を仕掛けていた敵将は、もうサーベルさえも地面に落としてしまい、戦う能力を失ってしまった!
「あれがブラック大将の魔道具の力ですよ! 話には聞いてましたけど、シルバータ大将に勝るとも劣らない反則級の力ですね」
敵将は馬から降りてサーベルを拾い上げようとするが、全く持ち上がらない。サーベルは地面に貼り付いたまま敵将は途方に暮れてしまった。
もう勝負はついた。なんともいえない幕切れに、敵が戦意を失ってしまって静かになってしまったのはもちろんのこと、味方さえもが言葉を失ってしまった。
「もうよかろう。大人しく降伏しろ。挟撃を受けてしまった貴様らにもはや勝機はない。無駄に命を散らしてしまうこともないだろう?」
「……」
敵将は地面に四つん這いになったまま苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていたが、もはやどうすることも出来ないと悟ったのか、観念して何も言わなかった。
それをみた敵兵たちも、次々に武器を捨て、恭順の意思を示した。
「なんだか、あっけなかったね」
「でも勝った。ひとまずはシャラパナの命運が繋がったよ」
敵兵たちは捕縛されて、列をなし、街の中に連れて行かれた。次いで僕たちもフォッケトシアに迎え入れられた。
街の中に被害はなく、商人たちはみんな無事だった。
「魔結界が張られていたみたいですね。でもこの街全体を覆ってしまうほどの結界を張るだなんて、誰なんでしょう?」
「そんなの一人しかいないだろ」
人間には到底できない芸当だ。魔族だろう。そして、フォッケトシアにいる魔族といえば、心当たりが一人いる。
そして、その心当たりは屋敷で僕たちを待ち構えていた。
「よくぞ来てくれたわ。フォッケトシアを代表して感謝申し上げます」
そう、この悪魔、マリー・フラン・ソングライン侯爵だ。彼女の力はよく知っている。高貴な身分でありながら、その正体は大悪魔の末裔であり、その魔力は人間が到底かなわないほどのものだ。
前も、一度メイデン少将が立ち向かっているものの、手加減ありの状態でボコボコにされていた。
彼女は、つい先刻までこの街が攻められていたというのに、余裕だった。
「にしても、これは一体どういうことですの? あの敵どもは明らかにシャラパナの軍勢ではなかった。このようなこと今までなかったでしょ?」
「シャラパナはいま外敵の攻撃を受けております」
ブラック大将が答える。
「どこの国じゃ?」
「さっきの軍勢は旧ベルスニーチェの軍のようですけど、詳しくは分かりません」
そうか、ブラック大将も、今の今までここにいたから、状況を把握していないんだ。
「それは私から説明しましょう」
ピオーネが前に出た。
「現在我々のシャラパナは、元ニフライン首長フランツ・ワイド伯爵が周辺諸国にて煽動した義勇軍の攻撃を受けております。目下反撃中ですが、未だ劣勢に立たされております」
ブラック大将はそれを横で聞いて、眉をピクッと動かした。ここで初めて聞いたのだから、彼も内心驚いていることだろう。
「そう。でも義勇軍なんでしょう? どれだけ劣勢に立たされていようが、相手は素人の集団よ。じっくり攻め返していけば撃退できるんじゃないの?」
「それは……」
ピオーネは詳しい事情まで知っているようだ。だけど、彼女は僕の方を見た。僕に説明しろとでも言うのか?
「あら、タイセイ。久しぶりね」
「え、ええまあ」
「……事情が話しづらいのは分かったわ。あとで私の部屋に来て。二人で話すわよ」
この感覚、やっぱり慣れないな。心を読まれるのはちょっと苦手だ。
主要人物の全員とソングライン侯の対面が終わってから、僕は侯爵の部屋に呼ばれた。
「よくぞ来てくれたわね。心配しないでよ、何も取って食おうってわけじゃないんだから」
「不安も見抜くんですね」
「猜疑心もよ」
「……すいません」
「いいのよ、慣れてるから」
ソングライン候は紅茶を用意してくれていた。
「まあリラックスしてちょうだいよ。あなたから例の『事情』を聞きたいだけだから」
事情ってのは、つまりサーバリの試練のことだろう。僕は彼女にそのことを説明しようとした。
「分かった」
「え?」
「もう分かったわ。あなたの心の中を読ませてもらったけど、随分と苦しい感じね。私からしてみれば、龍ってのがまだ半信半疑なのだけれど」
まただ。また心を読んできた。敵にすると相当やっかいな魔力なんだろうな。
「でもあと九日しかないんでしょ? いや、今日はもう日が暮れてしまうだろうし、実質あと八日ね」
「その間にこの戦争を終わらせなければ、人類は龍たちの力によって滅ぼされてしまいます。龍の力は神にも等しいものと思ってください。抗おうという発想ができないほどに絶対的な力なんです」
「その人類っていうのは、私も含まれているのかしら?」
「おそらくは含まれてるでしょうね。人類に与する者も対象でしょうから」
「あら、それは怖いわね」
「申し訳ありませんが」
「いいえ、構わないわよ。私だってシャラパナの一員ですもの」
悪魔には、まだ余裕があった。
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