第304話

 ブラック大将がここにいる理由は分からないけれど、それならまだフォッケトシアが陥落していないのにも納得がいく。彼が今の今までここを守り抜いていたんだ!


 僕たちがいる部隊は外から敵軍と交わり、内側にいるブラック大将の援護に入る形となった。つまりは、外と内での挟み撃ちが完成したのだ。


 ブラック大将がいることは分かったけれど、彼自身との交信はまだ取れていない。敵の向こうに彼がいるのだろう。


 戦況はこちらに傾いている。僕たちが参戦したことで均衡が崩れて、一気に敵が崩れ始めた。もう反撃してくる力はないのか……


 と、勝手に車の中で油断していたのだけれど、戦はそんなに簡単なものではないと再認識させられた。戦場のあちこちで敵が盛り返し始めた。


「さすがにこの街を攻めている軍なだけあって、これまでのような雑兵集団じゃないみたいですね」


「強いってこと?」


「そうですね、ちゃんと訓練された兵隊たちだから、隊列も簡単に崩壊しないってことです」


 依然味方が有利なのには変わりないけれど、それでも押し込んでくる。下手をしたらこちらの被害も馬鹿にはならなくなる。


 攻める側も守る側も全力を出している。砂が舞う中で敵味方が激しい攻防を繰り広げており、両軍の旗は汚れながらも揺れている。


 と、見ていれば、急に敵味方ともに動きがなくなった。


「え、どういうこと?」


「急に止まりましたね」


 やがて、軍の中から一騎の騎馬が躍り出てきたのが、ここからでも見えた。明らかにシャラパナ出身ではない人間だ。日に焼けた黒い肌に、


「あれが敵の司令官ですね。どうかしたんでしょうか?」


 敵の司令官は、栗毛の馬の上から、フォッケトシアを守っている軍の中にいるブラック大将に呼びかけた。


「敵の大将! 出てこい! 我らで勝負を決しようではないか!」


 その言葉を聞いてざわついたのは、むしろ兵士たちの方だ。彼らは今から目の前で何が起こるのかを分かってる。


 そして、フォッケトシア側から、一騎出てきた。フルトン・ブラック大将本人だ! 呼びかけられたからと言って、本当に彼自身が相手にするのか?


「ちょっと、これいいの?」


「仕方ないでしょうね。もしここで相手をしなかったら、臆したと思われてしまいます。敵を勢いづけてしまいますし、味方の士気を下げてしまう」


 兵士くんは目を細くして騎馬ふたつを見ていた。


 出てきたブラック大将は、大剣を大きく振りかぶった。


「さあ、始めよう」


 大丈夫なのか、こんなにリスキーなことをしてしまっても。もしもここでブラック大将が負けてしまうようなことがあれば、それこそ一巻の終わりだ。もうシャラパナは巻き返せなくなってしまうだろう。


 それなのに、大将は何の躊躇もなく、前に出ていく。吹っかけた敵の将軍も前に出た。周りの兵士たちはそれを静かに見守っていた。張り詰めた空気の中、馬の声と砂を風が撫でる音だけが聞こえている。


「貴様の勇気を讃えよう」


「それはお前もだろう。俺の名を知った上でこの勝負を仕掛けているのだろう?」


「……もう言葉はいらない」


 敵方から動いた! 目の前のブラック大将に近づいて斬りかかっていく!


「うわっ! いきなりだな」


 しかし、斬りかかられたブラック大将は少しも慌てていない様子だ。すぐに持っている大剣で敵のサーベルを防いでしまった。


「まだまだ!」


 敵はサーベルをとにかく振り回す。ブラック大将を切り刻もうとして激しく音を立てるから、まるで嵐のようだ。


 いや、喩えだけじゃすまなかった。実際敵のサーベルの周りからどんどん風の流れが出来ていく! 瞬く間に風の勢いは強くなっていき、本当に嵐のような激しさだ。


「あのサーベル、魔道具だったみたいですね。やっぱり敵も指揮官にはそれなりのものを持たせているみたいですね」


 サーベルの力だったのか。それにしても、このまま凄まじい速さで斬られ続けたら、いくらブラック大将でも防ぎきることが出来なくなってしまうのではないのか?


 心配で見ていると、ブラック大将の表情には全然余裕があった。見ている僕がこんなにドキドキしているのに、なぜだ?


 と、そのとき! 


「ぬ!」


 異変は敵に起こった! 急にサーベルの動きが鈍ったのだ。


「どうした? もう疲れちまったのかい?」


「くそ! 何をした!?」


 敵はかなり慌てて、大将と距離を取った。


「その大剣の仕業だな?」


「おうおう、よくわかってるじゃないか。この軍を率いてるだけのことはあるな」


 大剣がなにかの効果を敵に及ぼしたのは見当がつくけど、それは一体なんだというのか?


「もうそのサーベルは使い物にならんよ」


「ふん、何をしたというのだ一体。こいつはそんなやわな剣じゃないぞ?」


「たしかにやわではないかもしれんが、すでに俺の剣同然だ。貴様の言うこと聞かないぞ?」


「何を言っている?」


「こういうことだ」


「ズゥゥゥゥゥン!!」


「うぉ! なんだこれは! 急に剣が重くなったぞ!」


 たまらず敵はサーベルを地面に落としてしまった! なんなんだ、この得体のしれない力は?

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