第302話
魔王先生がやってきて、いくらか緊張感が無くなってしまったけれど、軍は出陣した。最初の目的地は、西方の都市、プレドーラだ。フォッケトシアが最重要ではあるものの、いきなりそこに行くのは無理があるので、あの回転要塞プレドーラをさきに落とすとのことだ。
あれには苦い思い出がある。ハシゴをかけても、壁が回転して外されてしまう。この厄介な仕掛けのせいで、普段の攻城部隊が機能しなかったのだ。結局はカエル馬で飛び越えて攻め込んだ。僕たちの手柄だといえば、それはそうなのだけど、楽に行った記憶はないから、今回も心してかからねばならない。
プレドーラまでの間も、途中通りかかる街々を取り返して行くのだというが、こちらは苦労しないだろう。こういう小都市には、そこまでの軍隊は置かれない。食い扶持が確保できないからだ。だから、攻め落とすときも簡単だ。同じ理由で拠点にはできないのだけど。……僕もだんだん戦争というのが分かってきたような気がする。
すでにいくつかの中隊が分散して小都市を攻撃したらしい。もちろん苦戦したという報告は届いていない。
「凄いですね、快進撃じゃないですか!」
「いえいえ、このくらいはやれないとこの先勝ち進めませんよ」
喜ぶライアンくんを魔王先生がたしなめた。そうだ、彼が一番戦争のことを分かってるんだ。
「こんな小都市は、戦果に数えてはいけません。どのみち敵も主力は大都市に集めているはずですから」
「プレドーラはどうですかね?」
「あそこは街としては小さいですが、なにぶん要塞ですからね。重要だということは敵方も分かっているでしょうね。それなりの防衛線を敷いていると思いますよ」
魔王先生の言う通りだった。プレドーラが見えてくると、それと同時にプレドーラを取り囲むように敷かれている敵の陣も視界に入ってきた。
「おお、本当だ」
「あれをまずはどうにかしないと要塞には手が出せないですね」
「ワイド伯は前回のことを学んでこんなことをしているんでしょうかね」
ライアンくんがそう言うが、その通りだと思う。前回のニフライン遠征では、プレドーラの要塞が丸裸だったので、簡単にカエル馬を近づけることができた。今回のこれは、前回のような攻略法への対策だろう。
「じゃあ、まずは野戦ですね」
「僕たちの出番はまだですよ」
「ミスキンがちゃんとやれるのかだけが心配ですよ、余は」
魔王先生は、やたらとムーアくんのことを心配している。もしや本当にそのためだけに来たんじゃないのか?
「大丈夫ですよ彼なら」
お世辞でも気休めでも何でもない。あれだけの力があれば、正直何の問題もないと思う。
「そうでしょうか? ああ、見に行こうか?」
「それ、多分彼の気が散っちゃいますよ……」
「むむむ……」
そんなことを言っているうちに、号令がかかって軍は攻撃を始めた。右翼にはシャラトーゼ本団の残軍が、左翼には僕たちホルンメラン分団が構えて、ジリジリと敵軍との距離を埋めて行く。
僕たちは前進する部隊には入っておらず、後ろに控えているから戦場全体がよく見える。兵の数はこちらが勝っているものの、向こうは防衛態勢が万全なので、全く油断することはできない。
「どう攻めるのか、見ものですね」
「ピオーネが指揮をとっているんだろ?」
「ええ、そのはずです」
この軍は総司令官をピオーネが担っている。彼女の力は知っているから、頼もしい限りだ。
しかし意外だ! ピオーネは今回どんな奇策を弄するものかと見ていたけれど、正攻法で進んでいく。
「あれ? どうして何もせずに突っ込んでいくの?」
「ここではそれが最善手だと感じたからでしょう」
実際、こちらの方がどんどん押し込んでいく。何も変わったことはしていないけれど、地力で勝っているのだ。
「タイセイさん、いつも奇策でいけばいいってものではありませんよ。正攻法、そうではないもの、組み合わせて使うから、無限の可能性ができるのですよ」
魔王先生は遠くを見つめながらそう言う。そんなことを言いながらも、やっぱり前線に向かっているムーアくんのことが心配らしく、足が床からちょっと浮いていた。無意識らしかったので突っ込まないでおいた。
戦況の方は、いよいよ良くなっていく一方だったが、突然だった。前線の方で大きな炎が上がった!
「うわ! なんだあれ?」
「おお、あれはミスキンの魔法ですよ!」
ここでさらなる駄目押しだ! ムーアくんの魔法が炸裂したらしい。その余波は、遠くの僕たちのところまで届いた!
「おお、やっぱりすごいですよね魔法って」
「今のでもう敵は戦意を無くしてしまいましたよ!」
敵はあんなにも整った陣を敷いていたのに、その隊列はもはや見る影もなく崩れてしまい、完全に味方が優勢となった。
「これは勝負が決しましたね」
魔王先生はようやく安心したのだろうか? 足が床についていた。
しばらくすると、プレドーラ要塞の頂上にシャラパナの旗が立った。プレドーラは陥落したのである。僕たちも遅れて要塞に向かった。
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