第301話

 ホルンメランに与えられた避難民のための住居区画はかなり広かった。それだけ多くの人々が助かってこのバーグハーツにたどり着いたということだろう。でも、これだけ広いと僕の知り合いを見つけるのは難しいだろうな。


 と、思っていたのだけれど、予想は裏切られた。ホルンメランは僕が思っていたよりもずっとたくましかったのだ。


 ホルンメランからの避難民たちは、自分たちが逃げてくるときに持ち出して来たわずかな物資を使って、市場を開いていたのだ。


 そして、フィリムも市場の中で、やはり雑貨屋をやっていた。


「タイセイじゃない! 無事でなによりよ!」


「お互いですよ、大変だったでしょう?」


「そりゃもう! 店だって無くなっちゃったし」


 それでもこうやって露店を出しているというのだから、たくましいものだ。


「ねえ、タイセイ」


「何ですか?」


「私たち、ホルンメランに帰れるの?」


 そうか……みんなやっぱり不安なんだ。僕たちのように上の動きを知っている人間ならともかく、一般市民には、先が見えない。すぐそこのはずの明日のことでこんなにも心労を重ねているのだ。


「大丈夫ですよ、きっと今にシャラパナは復活します。そうしたら、またみんなでホルンメランに戻れますよ」


 そうでなくては、僕たちはどのみち滅ぼされてしまう。相手が人間か龍かの差くらいだ。


「あなた、頼もしいね。なんだか、感慨深いわ。ついこの前まで行くあてもない流浪人だったのに」


 言われてみれば、時の流れはこんなにも急だったのか……。今僕は、人間すべての命の、その一端を握ってしまっている。


「ともかく、あと九日です。九日経てば、きっとみんな元通りになるはずですから」


 そうなってほしい。あと九日経った頃には、全部すっかり元通りになって……それでまた少しヒヤヒヤする生活に戻ろう。それまでの辛抱なんだ。




 なにも事情を知らないフィリムは、少し不安を顔に残しながらも、笑っている。手を振る彼女を尻目に、僕はバーグハーツの中心へと戻った。


 東に向けた、バーグハーツ分団とシルバータさんの軍はもう出発していた。僕たちが参加する西側の軍ももうすぐに出発する。兵士たちは殺気立っていた。ここまで、押され続けている。ついにはこの最南端の都市バーグハーツにまで押し込まれてしまっている。


 にしても、出発直前だというのに、やっぱりフォッケトシアの情報は全く入ってこないらしい。今どうなっているのか、攻められているのか、無事なのか? はたまたとうの昔に陥落してしまっているのか? 斥候はバーグハーツから何人も送られているらしいが、一人も生還できていないようだ。


 そんな、よく分かっていないところに、僕たちが行くのだ。もしかしたら敵がすでに布陣を張って待ち構えているかもしれない。そう考えると、少し心がヒリつく。


「二人とも、今回は気を引き締めていかないとね」


「毎回気は引き締めてきたでしょ?」


 兵士くんは呆れ顔でそう言う。当たり前みたいな顔で言うから、少しムカつくな。


「これまで以上にってことだよ。今回は本当に危ない」


 今までは、一応戦線の後ろの方に配置されて、戦わない前提で参戦していた。だけど、今回はいつどこで戦闘が始まるかわからない。布陣したところに突然強襲を受けることだってあり得るのだ。


 だから、僕たちもいつ戦場のど真ん中に身を置くことになるか知れない。


「フォッケトシア、無事なことに越したことはないですけど、希望的観測は危険ですね。あくまで敵が出てくる想定でいかないと」


 僕たちの車も、普段通りのフル装備で準備万端だ! 今回僕たちは、ピオーネの大隊に編成されている。普段、戦争時に僕たちのことを管理してくれるのはメイデン少将だから、すこし新鮮だ。


 しかも、僕の周りを取り囲む部隊はムーアくんが指揮するらしい。


「なんだか、不思議ですね」


「ほんと。やっぱり彼は将官なんだって、思い出させられるよね」


 別に彼の実力を疑うわけではないのだけど、ついこの前まで僕たちの護衛をしていたものだから、すっかりそのイメージで固まっていた。そんな彼が今は千単位の兵を率いている。


 噂をすれば影、僕たちがとっくに乗り込んでいた車の中に、ムーアくんがわざわざ挨拶に来てくれた。


「みなさん、今回はよろしくお願いしますね」


「准将は今回が初めての大きな戦争ですね」


「そうなんです、実は緊張しております」


「大丈夫、君ならできるよ」


「そうそう……って、え?」


 今の声は誰だ?


「先生!」


 ムーアくんの表情はとたんに明るくなった。


「うわっ! 先生じゃないですか! どうしてここに?」


 気づかなかった! いつのまにか僕の隣に魔王先生が来ていたのだ! 


「お邪魔しております、みなさん。急に申し訳ありませんが、愛弟子のことが気になってしまいましてね。迷惑はかけないので、どうか今回の行軍に余も連れて行ってほしいのですよ」


「ええ! 本気で言ってるんですか!」


「そうですよ? もしかしたら余が役に立てることもあるかもしれません」


 魔王先生が来て、大きいはずの車の車内が一気に狭まったような気がした。

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