第300話
公爵をはじめとして、その場の誰もが驚いた。
「おいおい、いくら君だとはいえ、本気で言っているのかい?」
「それは蛮勇というほかないのじゃないかしら? ホホ」
「いえいえ、エルマンテの兵力はもはや皆無も同然と聞いておりますから、あながち厳しくもないのだろうと思います」
「しかし前代未聞のことだぞ? 兵士を一人もつけずに単独で将官を戦場に向かわせるというのは」
「もうすでに前代未聞の状況になっているのですから、四の五の言ってはいられません。どうか許可をお与えください、セルギアン公」
これはさすがに僕としても賛同はできない。いくら敵兵団がサーバリの攻撃で壊滅しているとはいえ、まだまだ敵の勢力圏にほど近いところにあることは確かだ。一旦窮地に追い込まれれば援軍も見込めないあのようなところにシルバータさんを一人行かせることなんて、正気じゃない。
「いや、そちらはそちらで、一個兵団を編成して向かわせる」
「そのような兵力はどこに?」
「バーグハーツ分団の半分を使う」
「そんなこと言っても、西側に割く兵士の数が減ってしまいますわ!」
ザラ子爵が反発した。
「それでも、仕方がない。シャラパナにとっては西側も東側も変わらず大事であることには違いないのだから」
「……東西で、共倒れになったときは?」
「その時は覚悟してくれ。もとより厳しい戦いだ。それも想定しなければならないだろう」
「……」
ザラ子爵はそれ以上反論しなかった。
静まり返り、部隊を東西両方に向かわせて、シャラパナの各都市を解放するという作戦が概ね決定したようだった。しかし、アイラは一人声をあげた。
「捕虜は……向こうに捕まっている捕虜はどうするつもりですか?」
彼女は捕虜という言葉を使っているものの、実際のところ、それが指し示しているのはシュユ侯爵のことだろう。やはり気がかりなんだ。
「何とかしてやりたいところだが、今のところは優先度が低い。全く保証はできんな」
「そんな! 向こうには首長や高官までもが囚われているのですよ!」
「あなたは自分の幼馴染のことが心配なだけでしょ? ホホホ」
ザラ子爵に図星を突かれた。
「……!」
「今はこの国の存続を第一に考えるのが筋でしょう、貴女の望みはその最低限がクリアされたあとですわよ」
「……な、ならば、西側をすべて解放した後ならば、新しく捕虜の解放作戦を指揮して構わないのですね?」
「まずは目の前のことだよ。アイラ、浮足立つなよ?」
アイラは悶々としたままだったが、会議は終わった。
部屋を出て、またシルバータさんと二人だ。
「本当、無茶なこと言ってましたね」
「あら、心配してくれるんですか?」
「そりゃそうですよ! 一人で行くだなんて、もしも何かあったらどうするんですか! 死んだらもう二度と戻ってこれないのに。そんなの、ダメですよ!」
「え……ああ、いや」
「あ……ごめんなさい、すこし言い方が強かったですね」
「いえ、驚いてしまっただけですよ。私の、身の安全を心配してくれる人なんて、なかなかいないですから」
「へ?」
「大体の人は私のことを軍人として扱いますから、戦力的に私を失うことを危惧することはありますけれど、一人の人間の女としての私の身を心配してくれるのはあなたくらいのものですよ、タイセイさん」
「じゃあ……もしも僕しか心配する人がいないのだとしたら、僕のために無事で帰って来てください」
「へぁ!」
彼女は驚きの表情とともに、変な声を出した。
「突然、すごいことを言いますね、あなたはもう」
「すごいこと?」
「無自覚で言っちゃうんだから、なんだかこちらばかりでんやわんやなって、腹が立っちゃいますね」
腹が立つと言いながらも、彼女は笑った。
翌日、軍編成が発表されて、西側攻略の部隊の中に、僕たち生物開発課の名前もあった。もはや驚きはない。これをライアンくんと兵士くんに伝えたけれど、やっぱり彼らも驚かなかった。
「国家総動員でしょうからね。僕たちも立派な戦力として数えられているということでしょう」
「しかしなぜいきなりこんな軍の動かし方をするのでしょうね? ちょっと急すぎる気がします」
ライアンくんがもっともな意見を言ったので、これが契機だと思い僕はこれまでにあったサーバリとの出来事を二人に話した。
二人とも、このことについては大層驚いた。しかし、驚天動地の異常事態を何度も経験している二人だから、飲み込みは早かった。
「なるほど、それで十日以内に戦争を終わらせなくちゃならないからこんなにも急に部隊を編成したんですね」
「それでも間に合うでしょうか?」
「あと九日しかないからな……」
そう、早くも一日を費やしてしまったのだ。しかしまあ軍隊が編成されて、今日の夕方にはバーグハーツを発つとのことだったから、出来る限り順調には行っているだろう。
時間があるので、ちょっと気になった避難民の居住区に出かけた。ホルンメランの民はみんなここにいるらしいが、果たして僕の知り合いはみんな無事なのだろうか?
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